獅子抱く天使

   2 天使の傍らに見つけた処 −6−

本文へジャンプ




沈黙を破ったのは、馨だった。

「師範。お仕事モードだ。かっこいい。」

そう言うと屈強な男の殺気もものともせずに

北村のそばまで行き手をぶんぶん握った。



「馨、久しぶりだな。」

北村もにこやかに馨の頭を撫でると、馨はにこっと微笑んだ。



「「知っているのか?」」

思わず聞いたのは女と上村だ。

後ろで菅生と佐々木も驚いた顔をしている。



北村は、上村の南光会の上部団体龍翔会の

組長の側近中の側近と言われている男なのだ。

どう考えても北村と馨の接点がわからない。



「あ〜〜〜〜。わかった。

 どっかで見たことがあると思ったら紅子ちゃんだ。」

馨は大きな声で女を見て言った。



紅子ちゃん・・って・・・



この女これでも龍翔会の組長の正妻なのだ。


「よかったね。大樹さん。紅子ちゃんって

 シャイなくせに正義感強くてキュートな人なんだよ。

 僕ずっと会いたかったんだ。

 母さんの親友で、師匠の愛妻の紅子ちゃんに。」



・・・母さんの親友?・・・師匠の愛妻・・・?・・・



そこで事情がわかっている北村と馨以外は半ば呆然としている。

「まあ、皆座って話をしませんか?

 馨も暴走するな。」

北村はそう言ってもう1度馨の頭を撫でた。

その間に皆は座りなおした。



「姐さん、この子は樹珠愛様のお子様ですよ。」

「樹珠愛の?確かにこの妙にのほほんとしたところが似ているな。」

女は脱力したように言った。ちなみにこの女の名は

蓑原紅子と言う。



「大樹、前に日曜日の朝道場でカタギを教えていると言っただろ?

 お前の兄貴に教わっているのが馨とコイツの一番上の兄。」

「はっ?」上村も驚いた顔を隠せない。



「えっーー。あーーーっ。

 大樹さん、誰かに似ていると思ったら師匠だ。

 師匠に似ているんだ!!」

馨は納得したようにうんうん頷いた。



その後、食事が部屋に運ばれる頃になって皆がようやく納得をした。

馨の母は、紅子と高校時代の同級生で親友なのだ。

元々その母が紅子の夫で上村の実兄の龍翔会の組長

蓑原光輝に武道を習っていたこともあり

子供達にも護身術を教えてほしいと頼んだ。



その子供達の中で武道に興味を持ち、はまったのが馨と一番上の兄で

この2人だけは今でも道場に通っている。



「馨は、他の武道も体得しているから

 強いんだよな。また、お手合わせ願おうか?」


「ふふふっ。師範には負けますよお。

 師匠とやりあって、この前ようやく師匠が本気になったから

 そろそろ、師範越えがんばろうかなぁ?」


「はははっ。越えられないように精進せねばなあ。」

北村と馨は妙に慣れたように話をしている。



実際、馨が言っている師匠、龍翔会の組長蓑原光輝は

そんなにほのぼのした人間でない。

半端じゃなく強く、敵には冷酷な悪魔だと有名な男なのだ。




「それにね。ずっと母さんから紅子ちゃんのこと聞いていて

 紅子ちゃんに会いたいなあと思っていたんだ。

 兄弟で紅子ちゃん物語は一番人気なんだ。」


「なんだ?その物語は?」

戸惑ったように紅子が言った。



「うん。お茶目な紅子ちゃんの話、睡眠薬入りのコーヒーを自分で飲んだり、

 好きな人に助けてもらいたくて池にわざと落ちて本当に溺れそうになったり・・・。」

「もう・・・いい。」紅子が真っ赤になって言った。

どうやら、その話は全て本当にあった話らしい。



上村はこらえきれずにクツクツと笑い始めた。

馨から、紅子ちゃん物語は全て聞いているのだ。

「まさか・・・話したのか?」

紅子は慌てて馨に言った。


「うん。紅子ちゃんがこんなに身近にいると思わなくて・・・。

 面白いシーンはほとんど漏らすことなく大樹さんに話したよ。

 でも、僕健気でお茶目な紅子ちゃん大好きだから。」

馨は大真面目に紅子の手を握って言った。

その仕草があまりにも母親にそっくりで紅子も苦笑するしかない。



「で・・大樹さん、本当におなかすいたよ。

 ご飯まだ?」

そう言う馨を見て、上村は愛しそうにその頭を撫でたのだった。



 
   BACK NEXT 

 Copyright(c) 2007-2010 Jua Kagami all rights reserved.