ルーレンの夜明け

       第39話 鎮魂のとき

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次の日、理緒とリュアスは変装をして

数人の大神官と多くの神官と一緒に闇の街へ行った。


昨日の男が近寄って来たので理緒は明るい調子で言った。

「おじさん、昨日帰りにこちらの神官に会って

 ここの話をしたら、神官達が夜を徹してパンを焼いてくれたよ。

 それに綺麗な包帯も持ってきたからね。」

理緒がそう言うと大神官が進み出て言った。


「とりあえず、パンと洗濯した衣服を持って参りました。

 化身様も皆様のことをお聞きになり心を痛めております。

 十分な量をお持ちしたので神官の前に並んで下さい。」

すると、街から多くの人が出てきて神官達の前に並んだ。

神官達はその人の多さと貧しい姿に驚いたが

すぐにきびきびと動き出した。


理緒は、又多量の薬草を持って病人を診て回った。

しかし、そうしているうちにも馬車が来て

人が数人捨てられた。

すると、神官がその人たちを介抱する。

たくさんの神官を連れて来たが


皆が必死に働いても人手はまだまだ足りなかった。

その時、誰かが驚いたように

「皇太子様だ。」と言った。


向こうにマイラに乗ったデュアスが近習部隊を引き連れて

やって来た。この国の王族が纏う薄紫のマントを身につけている。

兵士達も初めて見る闇の街の状態に驚いたように目を見開いたが、

すぐにマイラや馬から降りて、デュアスの後ろに整列した。

そこにいた神官たちは神官の礼を取り、人々はデュアスに平伏して礼をする。

デュアスは穏やかな顔でそこにいた者に話かけた。


「昨夜、大神官からこの街の存在を聞きました。

 我々は、この王都の闇の対策にばかり心を砕き

 皆様のような方がいるとは知らずにおりました。

 本当に申し訳ない。王もこの実態をお嘆きになっております。

 そこで、今日は、とりあえず皆様のお手伝いをさせていただき、

 近々、軍の施設の一部で皆様が生活できるように手配したいと思います。

 また、今日付けで、王と皇太子の連名で皆様のような者は出さないように

 法の整備を始めました。

 今しばらくは不都合があるとは思いますが、もう少し頑張って下さい。」



デュアスがそう言うと、そこにいた人々は安堵と感激のあまりに泣き出す者もいた。

デュアスはその後、自分から建物の修繕をしたり、

雨露を凌ぐために軍にあったテントを張ったりと

皆の為に懸命に働いた。


「皇太子様は放蕩者だと聞いていたが立派な方じゃないか?」と言う言葉に

リュアスは悔しそうに唇を噛んだ。


本当はそうだったんだ。リュアスはそう言いたかった。

ほこりまみれになりながらも懸命に作業をするデュアスは、

本当に理想の皇太子像であり、人としても尊敬できる。


それに対して自分はなんてちっぽけな人間だろう。

リュアスはそう悔やみながらも昨日の夜、

ギルスに「今できる事を精一杯することが大切だ。」と

諭されたので、昨日と同様に薬湯を作り、人々に配り続けた。



日がかなり傾くと、デュアスがリュアスの近くに来て言った。

「悪いが、少しだけ立場を変えて貰えないか?」

「はあ?」リュアスが不思議そうに言うとデュアスが小声で

服を変えたいと言う。


2人は服を変えるとリュアスは変装を解いた。

2人はゆっくりと顔を見合わせた。

驚くほど似ている。


「こんなに似ているのにあなたは何でもできる。

 それに比べて私は・・・。」

リュアスがそう言いながら俯くとデュアスが肩に手を置いて言った。


「俺も初めから何でもできたわけではないし

 今だってまだまだ未熟者だ。

 でも、今は守りたい者がある。

 だから日々精進しているんだ。

 そして、今からだって遅くない。

 俺は、あなたを信じている。

 あなたは、俺の血の繋がった兄なのだから。」


「こんな私でも信じてくれるのか。」

リュアスは泣きそうな顔をしてそう言った。


デュアスはリュアスと同じように魔術で変装して

理緒のそばに戻ると理緒はデュアスの顔を見てにっこりと微笑んだ。

2人は、そのまま川の方に歩きはじめた。


リュアスも2人の後をついて行くとそこにいた歩ける人も皆がその後をついていく。

川の傍には、多くの死体が積みあげられ、ギルスがその横に祭壇を設けていた。

理緒はその祭壇の前に行き、両手を広げて言った。



「彷徨える魂よ。私の元へ。」

すると、理緒の変装が解け、金色の光を放つ。

同時にデュアスの連れて来たマイラが理緒の光に当たり、

黒い体を美しいコバルトブルーとエメラルドグリーンに変え、

飛び立つと、王都中の空をめぐり彷徨える魂を口に入れ

理緒の上に戻って来ると口を開き透明の光の卵のような物体を理緒の方に落とす。

理緒は、両手を広げてそれを抱えると、体の中に光が消える。


同時にデュアスの体から紫色の光が漏れ、

たくさん積み重なった死体に注がれると死体が柔らかな光に包まれ

静かに消えて行く。


それをそばで見ていたギルスや大神官が死者を送る聖歌を歌い始めると

多くの神官が一緒に歌い始めた。

その光景はとても神聖であった。

リュアスは、膝を折って理緒とデュアスに深々と頭を下げた。

リュアスの頬には涙の雫がボロボロ零れていた。


今まで高慢で誰の意見も聞かなかった皇太子リュアスが

初めて自ら頭を下げた瞬間だった。

人々はその姿を見て、次々と膝を折って皇太子に従って平伏した。




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