ルーレンの夜明け

       第38話 王都の闇

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その後、理緒はバザールの安い食堂やお店の近くを歩いた。

そこは、庶民の活気あふれる場所でリュアスも

この場所に来るのははじめてだった。


リュアスはうずたかく積まれている食料や店の様子を見ていたが

理緒は、注意深くそこにいる人たちを観察していた。

遠くで「こら!泥棒!」という声が聞こえると

理緒とリュアスの横を若い男が走って行く。



理緒はその男の後を追いかけて走った。リュアスも慌てて後を追う。

男はバザールの複雑な道をくねくね回り、細い路地からバザールの外に出ると

追いかけてきている理緒とリュアスを見て

尚も走り続けた。



しばらく走ると、リュアスはその辺りにたちこめている

異様な臭いに驚いて足を止めた。

理緒も足を止めて周りを見渡した。



そこには何個もの廃屋のような小屋があり人の気配はするが

しーんとしていた。

「ここは?」理緒はそう言いながら周りを見渡す。

すると急に2人の方に石が投げられ「貴族なんて帰れ。」という声が聞こえた。


理緒は、穏やかに「私達は旅をしている兄弟です。ここは?」と聞くと

ボロボロの格好をした男が出てきて



「ここは、闇の街さ。」

「闇の街?」

「貴族や金がある商人は神殿で御守りを買うこともできた。

 でもこの街の者は食べるのもやっとでそんな金なんてない。

 だから、この街のものは闇に晒されたんだ。」


「闇に晒される?」

「ああ。ここは王都の端だから王様の力も薄い。

 だから、ここの者は体に闇が入り死期が近い。

 しかも神殿に連れて行く家族もいないから死体もほら川のほとりで転がって

 それが闇になっている。我々も遠からずああなるんだ。」


「王は、守ってくれないのか?」リュアスが震えた声で言った。

「ここは捨てられた者の街だ。だから、王はここの存在も知らないだろう。」

「捨てられた者?」

「ああ。ここにいる者の多くは、貴族や商人に使われていて病気で働けなくなったものや

 生活が苦しくて子供の時に捨てられた者ばかりだ。

 だから、ここの事は貴族や商人にとって無くては困るものなのだろう?

 ちょっとこっちに入れ。」

男は通りの向こうから馬車がくるのを見て言った。


理緒とリュアスが家の影に入ると、馬車が速度をゆるめて

どさっと筵のような物に包まれた物を理緒達の近くに投げだした。


「あれは、シュルベク家の馬車だ。」リュアスは呆然としたように小声で言った。

理緒は、近くに行き筵をめくると、青白い顔をした男が生気なさそうに理緒を見あげた。

「リュアス。この人の軒先に入れて。

 それが終わったら、おっさんに聞いてお湯を沸かして。

 この周りに病気で倒れている人がどれくらいいる?」



「かなりだ。かなりいるとも。」

「わかった。とにかくその中でも重病の人を診る。」

「診るって?坊主は医療魔術師か?」



「薬草の知識はある。」そう言いながら理緒は背中に担いでいた袋を下ろすと

薬草を取り出すと、その薬草を取り分けてリュアスに渡した。

「これを細かく切って、湯に入れて半刻くらい煮るんだ。」

そう言うと、生気のなさそうな男の傍に跪いて、

「大丈夫。きっと具合がよくなるから。少し体を診ますね。」

と言った。



本当は袋の底には抗生物質やここにはない画期的な薬が入っている。

しかし、ここでそれを使うことはできない。

そして、こちらの医者は魔術で病や怪我を治すと言う。

それを理緒は知らないから、この世界ではあくまでも民間療法である

薬草に頼ろうと理緒は考えた。



理緒はとにかく自分でできる限りの治療を始めた。

興味を持って出てきた住人に薬湯を配り、飲み方を教え

重病人の小屋を回って診た。



リュアスは、あまりにも皆が薬湯を求めて並ぶので何回も

薬湯を作り、汗だくになりながら鍋やら入れ物に薬湯を開けてやった。

ようやく、日が傾く頃になり人がいなくなった。



その間にも、リュアスの知っている貴族の馬車や有名な商人の馬車が

通り過ぎ、人が物のように捨てられて行った。

理緒の手持ちの薬草も無くなったので、理緒とリュアスは男に案内してもらって

バザールの端まで送ってもらった。

2人は重い足取りで神殿に戻った。



神殿に戻ると、理緒はギルスと大神官を呼び闇の街の話をしはじめた。

大神官達もその街の様子を聞いて驚き、

急な支援はできないまでも、腹を満たすパンくらいは差し入れられると

神官総出でパン焼きをはじめた。



リュアスは声も無く呆然とその状態を見つめていた。

実のところ、リュアスは国民は闇の影響はあるが

幸せに暮らしているという貴族の話を鵜呑みにしていた。

今日、城では自分に友だと言い寄ってくる貴族の若君が

馬車の中で平然と人を捨ているのを見ていた。

そうだ。鵜呑みにしていたのではだめだった。

リュアスはものすごく後悔していた。



「リュアス、お疲れだったな。」

その時、ギルスが優しい面立ちで果実水をリュアスに差し出した。

あの街の者は、雨水を貯め、濁った水を飲んでいた。

当たり前に飲んでいるこの果実水もとても贅沢なものだとリュアスは初めて知った。



「ありがとう。」リュアスの頬を涙がつたった。

その視線の先では理緒が古いシーツを裂いて包帯を作っている。

リュアスは果実水を飲むと頬をごしごし拭いて理緒の傍に行って

一緒に包帯を作り始めた。

普段は寝静まるはずの神殿がその日は明け方まで灯りがつきっぱなしだった。




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