ルーレンの夜明け

       第3話 突然の出来事

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「理緒、この煮物。美味しい。」

目の前で母がにこにこと煮物を食べている。


「それは、良かった。母さん、手は大丈夫?」

理緒は、ぐるぐる巻きに巻かれた母親の包帯を見て言った。


「大丈夫。ご飯食べたら元気になったの、それで理緒・・・

 母さん、新しい習い事・・・。」

母がそこまで言いかけたとき、理緒は遮るように言った。


「母さん、今は無理だよ。今はピアノとハワイアンキルトの講座と

 クッキングスクールもまだ授業残っているから・・・。

 たぶん、来月には今作っているのが完成するから

 それ終わってからにして。

 父さん、もうしばらく海外の仕事ないよね。

 再来週テストだから、出来たら終わってからにしてほしい。」

「ああ。さすがにその他の仕事がつまっているから

 今月いっぱいは、国内にいることになると思う。」



理緒の父、斎藤義哉は、知る人が知る外科の名医だ。

一応所属している病院はあるらしいが、日本で病院に出勤している父を見たことはない。

世界のVIPと呼ばれる人達は義哉の腕を聞き、直々に手術をお願いされることがあり、

その時は、義哉は家族を連れて海外に行き手術を執り行う。



その報酬は、たぶんかなりの巨額であり、義哉はその一部を使い、

アフリカやアジアの恵まれない地区を車で歩き医療活動をするのだ。

こうして言うとなんと素晴らしい人かと思うが、いつも大変過酷な場所に行くので

美香子もポヤポヤしている暇も無く、理緒もなぜか医療行為を行っているという

状態なのである。初めは、助手だったはずの理緒だが、なぜか最近は簡単な手術の執刀まで

するようになったので、この父親はなにを考えているのか本当にわからない。



日本にいる父は、自宅で資産を運用し、投資の仕事をして上手にやっているらしい。

そう言っても、理緒の家は普通クラスのマンションだし、父親が金持ちかなあと感じる時は、

母親の誕生日に必ず母に大きな宝石をプレゼントするくらいの時と自分の誕生日くらいである。



ちなみに理緒の誕生日には父は仕事とは別に色々な場所に連れて行ってくれた。

ある時は、国内の温泉だったり、ある時は南極に行ったり。

まあ、時には友人まで巻き込んだ軍隊体験なんかもあったが。



逆に父の誕生日は母と何日も前から相談してささやかなプレゼントをして、

家族でお祝いをしている。最も、その時のご馳走は理緒の手作りではあるが。



友達の祐には悪夢だった軍隊体験だが、理緒に取っては

家族のありがたさや自分の恵まれた環境を再認識することができて

良かったと思っている。祐と一緒に、その軍隊の訓練過程を卒業し任務につける状態になって

いるが、その後も父に頼んでまたまたコネを使って

長期休暇の数週間そこの軍隊で特殊部隊の訓練に参加している。

まだ、修了には到っていないがこれも良い経験だと思う。



実は父には言っていないが、理緒は将来医者になろうと思っている。

人を殺す技術も、そして助け救う技術も持っているが、

やはり、自分は助け救う技術を磨いて行きたいと思い、

進路調査の紙には医学部志望と書いた。

なので、平凡という生き方はしていないが十分に幸せな毎日を送っていると理緒自身思っていた。





その数日後の事だった。

夕食後、母につきあってアイスクリームを食べていた理緒は急に地面が揺れているような

錯覚におちいった。

「理緒?どうしたの?義哉さーん。早く来て・・・理緒が!!」



母は、理緒に声を掛けると大声で父を呼び、自分は母らしくもない機敏な動きで

リビングの棚から小さな袋を出してそれを理緒に握らせた。

父は大きなリュックを持って慌てて理緒のそばに来てそのリュックを理緒に背負わせる。

何が何だかわからない理緒は不安そうに「父さん、母さん。」と呼んで

2人の顔を見ると、急に理緒の体を蒼い光が包んだ。



「理緒、おなか壊さないでね。」母はポロポロ涙を零していった。

そんな母の華奢な肩を父は抱きながら笑顔で言った。

「理緒、お前は私の自慢の息子だ。幸せにな。」

「父さん、母さん。」

理緒は必死で両親に手を差し伸べたがその手が両親に触れることは無かった。

理緒の体は不思議な引力に引っ張られるように暗闇に消えていった。




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