ルーレンの夜明け

       第2話 理緒の家族

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その日の帰り、理緒は慧と一緒に慧の家に行った。


「理緒、楽譜ありがとう。弾くの楽しみだよ。」

「気にいってくれると嬉しいよ。」


「伯母さんのレッスン厳しそうだけど、大丈夫?」

「ああ。確かに厳しいけれど、ちゃんと弾けるようになったから

 慧のお蔭だよ。」

「ううん。そんなことないよ。
 
 理緒の弾き方は力強くて好きだな。」

「俺は慧の繊細な弾き方の方が好きだけどね。

 実際、ピアノは習うつもりが無かったからなあ。」


「そうだよね。理緒のおばさんのせいだよね。

 確か、うちに通って1ヶ月目だったっけ。」

「ああ。」


「伯母さんも驚いていたよ。レッスン代1年前払いして

 1ヶ月で、代わりにこの子が受けますって理緒を連れてきたのは・・・・。」

「そうだよな。まあ、こっちとしてはいつものことだけど・・・。」


「いつもって今まで何習っていたの?」

「着付け、華道、茶道、ソシアルダンス、編み物っていうのもあったな。

 あと、色々な国での現地講習とかも代わりに行かされた。」

「だから、理緒って器用なんだね。」


「いや。それは、うちの母さん壊滅的に不器用なんだ。

 だから必然とこうなった。」

「ああ、不器用なのはわかるよ。じゃあ、家事は理緒が?」

「おう。俺か父さんだな。母さんが作れるのは

 お粥だけ。」


「見事に病人食だよね。」

「ああ、母さんのお粥は美味しいがそれしかないから

 続くんだよ。

 さすがに俺と父さんがノロウィルスで倒れた時は悲しかったなあ。」

理緒が遠くを見て続けた。


「俺は悟ったね。体を壊すのは3日が限度って。」

慧はそんな理緒の肩をポンポン叩きながら言った。

「頑張れ。俺で良ければ力になるよ。」



「慧には、いつもノート取ってもらっているからなあ。

 でも、また昼休みにピアノ見てくれよ。

 今の練習曲難しいんだよな。」

「ああ。もちろんだよ。」慧は、半ば感心しながら理緒を見て言った。



なんだかんだと言いながら、理緒のピアノの腕はなかなかのものだ。

きっと天性の感があるのだろう。

あの気難しい伯母が上達の早さを褒めていたくらいだ。

勉強だって欠席が多いに関わらずトップを独走しているし、

スポーツも人並み以上だ。



結局、この理緒は何でも自分のものにしてしまう器用な男なのだ。

それでいて、全然嫌味がなくさっぱりとした男らしい性格をしている。

・・・男惚れする男って感じだよな。・・・慧は隣の理緒をみてそう思った。




夕方、買い物袋を下げた理緒は

自宅であるマンションに帰った。

「ただいまぁ。」理緒がそう言ってドアを開けると



ガシャンガシャンと物が落ちる音がした。

居間に入って行くと、母が悲しそうに落ちて割れた花瓶を見ていた。

「母さん、怪我ない?」

理緒はソファに買い物袋を置くと慌てて母親のそばに言った。

「お掃除しようとしたのに・・・。」

と言いながら母親は、そのまま素手で花瓶の割れたものを拾い集めようと

してまるで狙ったように手を怪我する。



「あああ・・・母さんはゆっくりしていて。」

理緒が慌てて言う。母がやると理緒が後始末する3倍は時間がかかるのだ。

その時、片手に薬箱、片手にゴミ袋と軍手を持った父親が

「理緒お帰り。俺が母さんの方やるから、理緒は夕食の支度頼むよ。」

部屋に入ってきて言った。



「うん。」

「理緒、ごめんね。」母はしゅんとしたように言うと

理緒は首を振って言った。

「気にしないで。今夜は母さんの好きなもの作るよ。」

そう言うと母は安心したようにほわっと笑った。



まるで、子供をもった気分だ。と理緒は思う。

理緒の母美香子は、どうしたらこうなるの?と聞きたくなるほどの

不器用さだ。特に家事は本当に苦手で、掃除をすると物を壊すか

自分を傷つけるかのどちらかで、料理を作らせると焦げた鍋が続出するわ、

指を切るわ、調味料を間違えるわでもう大騒ぎになるのである。



だから家事をするのは、理緒か父がほとんどであるが、

時々、理緒や父の負担を軽くしようと母が思いたって

掃除をするとご覧のありさまである。



理緒は、キッチンに入りエプロンをつけると

手際よく夕食の準備を始めた。

キュウリを切って酢の物を作り、カボチャの煮物を作る姿は

堂々としたものである。



「理緒、手伝うぞ。」

「父さん、天ぷら揚げてもらえる?

 下ごしらえはしたから。」

理緒は手を忙しく動かしながら言うと、父がエプロンをつけ、

菜箸を持って天ぷらを揚げ始めた。


「揚げ物は父さんのようにうまく揚がらないんだよな。」

理緒がそう言うと父が笑って言った。

「父さんに追いつくのはまだまだだぞ。」

「そのうち、父さんをギャフンと言わすよ。」

「理緒言い回しが古いぞ。」

2人は顔を見合わせて笑いながら手を動かし続けた。




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