ルーレンの夜明け

       第1話 いつもの日常

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「ずいぶん久しぶりのような気がする。」

斎藤理緒は、そう言いながら学校の門をくぐった。

身長は17歳ながらも175センチはある。
もう少しは伸びるだろう。
髪は後ろが少し伸びたウルフカットで
教室へと歩く背中はしゃんと伸びている。

本人は知らないが、どうやら影では理緒様ファンクラブと
言うものがあるらしい。


教室に入ると「理緒、久しぶり!!焼けたな。」と田中祐が立ちあがって言った。

「ああ。」理緒が片手を小さくあげ、そのまま自分の席に座った。



「20日ぶりだな。これ、ノート。」

理緒の前の佐伯慧がルーズリーフを束ねて理緒に渡した。

「サンキュな慧。いつも助かる。」

理緒はそう言うと、慧は気にするなと答えた。



「祐・慧、今回はこれ土産。」

理緒は、鞄の中から薄い袋を取りだして2人に渡した。



慧は紙袋を開けると嬉しそうに慧の顔を見あげて言った。

「ありがとう。綺麗な楽譜だね。」

「ああ、今回はウィーンに2日いたから本屋をめぐって歩けたんだ。

 そんで、祐はチョコ。お前、食べ物の方が良いだろう?」

「確かに俺は、この方がいいな。どれ。」



祐は、箱のふちをベリベリ破るとチョコを取りだして頬張って言った。

「うーーん!!うまい!ところで、今回は?」

「ああ、親父の仕事で、まずはオーストリア、それからアフリカに飛んで

 いつものようにアフリカめぐりをしていた。」

理緒は、疲れたように言った。



「聞いているだけなら、楽しそうなルートだけど・・。」慧がきょとんとした顔で

言うと、なぜか祐が強い口調で言った。

「慧、理緒の親父さんに連れられていくところに

 楽しそうなとこはない。どうせ、今回もそうだったんだろう?」

理緒は頷きながら言った。



「確かにウィーンは楽しかったよ。2日間、父さんも母さんも

 用を足していたから好きに出歩くことができた。

 でもその後のアフリカは、過酷だ。

 飢餓や免疫が無い為に人がバタバタ死んでいく。

 子供の腕なんて本当に細いんだぜ。」

「理緒のお父さんって投資家じゃなかったっけ?

 なのに、何でアフリカ?」



「慧。理緒の親父さんは日本では投資家だが実は世界でも有名な

 外科の医者らしい。だから頼まれて色々な国に手術をしに行くんだ。」

なぜか祐が説明する。何しろ、祐と理緒は小学校の頃からの友人なのだ。

一方、慧は高校に入ってからのつきあいだ。



「それで、手助けする人間が必要だから、いつも家族同伴なんだ。」

「じゃあ、あのポヤンポヤンしたお母さんも?」

「ああ、あんなんで、看護士だ。」

「おっそろしくブッキーな?」

理緒の母は、慧の伯母にピアノを習っていたので

慧もその恐ろしい不器用さを知っているのだ。



「いや、看護士の格好すると性格が変る。」

「うっそ。で、なんで理緒も一緒に行くんだ?」

「俺は、パシリさ。海外で何か足りないものがあったら

 父さんが俺に買いにいかせる。ほとんどが医薬品だが・・・。

 で、その後は、父さんの放浪癖につきあって

 医療奉仕という家族旅行になるんだ。」



「慧、理緒の家に遊びに行っても口にチャックしていないといけないんだぞ。」

祐が慧に言い聞かせるように言った。

「何それ?」慧が不思議そうに言う。



「間違っても強い男になりたいなんて言っちゃだめだからな。

 俺は、中2の時ついついそう言ったせいで、

 中2・中3の夏休みが潰れた。」

「なんで?」

「いきなり夏休み初日に「強い男になりたいんだろう?」と言われて

 連れて行かれたのが、外人部隊。中3の時は、「何でも中途半端はいけない。」

 と言われて再び、外人部隊だぜ。しかも年齢まで偽証して!

 お蔭で、俺も理緒もサバイバル生活はお手のものだぜ。」

「何だか大変そうだね。」



「朝から晩まで重い重装備で走らせられるんだ。

しかも、夏休みで勉強が遅れるからって理緒の親父さんに

 勉強を習ったんだけど、恐ろしいスパルタで、俺なんて

 絶対入れないここに合格できたんだ。」

「それは・・・良かった・・・ね。」慧は引き攣ったように微笑んで言った。



「良いわけないだろう?理緒の親父さんのスパルタってすごいんだぞ。

 もうあれは軽いトラウマになったね。」

祐がそう言った時、教師が入ってきて出席を取り始めた。



理緒は、深い溜息をついた。

祐以上に両親に振り回されているのは理緒自身だったからだ。



・・・こうしている時だけが平和だな。・・・

理緒はそう思いながら教科書を広げた。







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