ルーレンの夜明け

       第23話 零れた涙

本文へジャンプ




「それは、そうとデュアス、ここでは変装を解いたほうがよい。」

「ああ。でも俺の纏う色はやっかいだぞ。」デュアスはそう言いながら

懐から小瓶を出して飲んだ。


すると、銀色の髪と美しい紫色の目が現れる。


「確かに厄介だが、リオンの魔力に当たると元に戻るからやめておけ。

 ああ、皇太子の影に有能な者がいると聞いたことがあるが、お前のことか?」

「何でそれを?影の存在など知らないものが多いはずなのに。」



「ああ。普通ならな。しかし、俺は腐っても大神官だぜ。

 王族や影の教育は神官が担当しているから、わからないわけはないだろう?」

「確かに、特に影の教育は大神官の仕事だった。」



影・・・本来、少しでも王族に似た面持ちを持つ者に与えられた任務であり、

影としての任務を受け持つと、本来は王族が危機に晒されている時に

王族の代わりに公務をとりおこなう任務につけられる。

その他に影は本来の顔を持たないことから、諜報活動に使われることが多い。



デュアス以外の影は、軍籍から志願して移ることが多いが、デュアスの場合は

自分の養父が亡くなったので、故国であるリタニア王国に戻ったとたんにその容姿のせいで

兵に拘束され、無理やり影としての教育を受けさせられた。



王家に対して恨めしい気持ちもあったのだが、現国王の人柄に感銘を受けて

この仕事に誇りを持っていた。

「そうか・・俺は影として生きることは出来なくなるんだな。」

デュアスはそう呟いた。

「ああ。影は退役後は、国外で余生を送ることになっているが

 化身様の騎士になると言うなら話は別だろう。

 私の方からも国王の側近に働きかけるし、何しろ化身様の騎士なら

 神殿がデュアスを守るだろう。

 私自身も、大神官の位を返上しなければならない。

 デュアスの気持ちはわかる。」



ギルスがそう言った時、寝室の扉が開いて、

仏頂面の理緒が入ってきた。



その後ろから困った顔のマーシェが入ってくる。

「どうした?リオン。」

ギルスが不思議そうな顔をして言った。

「何だって、あんなに豪華な服を着なきゃいけないんだよ。

 俺は着飾る趣味はない。」

理緒がそう言いながら椅子に座る。



理緒の服は、黒いパンツの上に金色の刺繍が入った白いワンピースのような

上着を着ていて、腰に飾り紐を巻いている。



「ああ、その気持ちはわかる。」ギルスがコクコク頷きながら言う。

自分も大神官の服は儀式の時しか着ないからだ。今はごく普通の神官が着る

グレーの服を着ている。



「それでも、この服は職人が俺に着てほしいと神殿に奉納したものだと言うから

 着るしかないよなあ。」理緒はそう言って顔を顰めながら、椅子に座るとマーシェが

お茶と茶菓を皆の前に用意して、他に用を足すと言って部屋を出て行った。




「それで、理緒。落ち着いたか?」

ギルスは理緒の顔を見ながら言った。

「ああ。俺は確かに世界樹の化身だと言う自覚はあってもこの世界にとって

 その存在がどのようなものだと言う事を知らない。

 それ以前にこの世界のことすら良く知らないんだ。

 だから、ギルス、デュアス。どうか俺に教えてくれ。」



「それは、どういうことだ?今までリオンはどこにいた?」

ギルスは不思議そうに言った。

「俺は自分の名前が何かすら知らないんだ。」




理緒は、自分が知る限りの今までの話をギルスとデュアスに語りはじめた。

その話は非現実的な話ではあったが、ギルスとデュアスは熱心に聞いてくれた。



段々と外は暗くなり、途中でマーシェが燭台にローソクを灯して持って来てくれた。

話を聞き終わるとデュアスは理緒に近づいてぎゅっと抱きしめて言った。



「リオ、頑張ったな。」

久しぶりにギルスに自分の名前を呼ばれて

理緒は目をパチパチさせて泣かないようにしていると、

ギルスは不器用そうに理緒の頭を撫でた。



「リオ、泣きたいなら泣け。」

デュアスはそんな理緒の体を優しく抱きしめながら言った。

「俺は・・・男なのに・・男なら泣いたらいけないのに・・・。」

理緒はそう呟きながらポロポロと涙を零した。


何だかその温かさで力が抜けて涙はしばらく止まらなかった。

この世界に来て初めて安堵を感じた瞬間だった。


一方、ギルスとデュアスは、強い子だと思っていた理緒が

今までどれほど無理をしていたのか悟った。

同時に、自分達の傍でポロポロ涙を零す理緒が

たまらなく愛しくなった。

そして自分の全てを捨てても、この愛しい存在を守りたいと思うのであった。



 BACK  NEXT 

 Copyright(c) 2007-2010 Jua Kagami all rights reserved.