眠る君へ捧げる調べ

       第6章 君ノ眠ル地ナバラーン〜紫龍編〜-7-

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「こんなに美しい音楽を奏でる楽器だったのか・・・。」

男の頬も涙に濡れていた。

「お兄ちゃん・・・すごかったよ。」

小さな男の子が慧の手を握っていった。

「やっぱり親父の跡は俺が継ぐ。この楽器、俺も作りたい。」

大きな男の子が父親を見て言った。

父親は髭面の顔をくしゃくしゃにして頷いた。



慧はぽつりと言った。

「このピアノをコンクールで弾きたいなあ。」

その時、男が大声を出した。

「まさか、シュミレフのコンクールに参加するのか?」

慧は驚いたように男を見て頷いた。

「こりゃ・・驚いた。でも、本当にこの楽器でよいのか?

 見た目は美しくないぞ。」

「美しいって?このピアノとても美しいと思うけど。」

飴色に輝いているピアノを触りながら慧は言って周りを見回して驚いた。



そこにあったテスリラは綺麗な細工がされていて芸術品の域に達していたからだ。

「でも、私はピアノの音好きだからね。楽器は外見よりも音色だと思いますよ。」

慧がそう言って微笑むと男は泣きそうな表情をした。

「でも、坊主。すまないな。この楽器は、もう代金は

 2代前の妃様から貰っているんだ。

 だから、これに細工をして龍王様のところに持っていこうと思っていたんだ。」



ニコライが微笑みながら言った。

「主人。そう言うことなら、この楽器はケイ様が使われる方が良いと思いますよ。

 ケイ様こそ、当代龍王の花嫁になられるお方ですから。」

「本当か?噂の金の龍人って・・・坊主のことなのか?」



慧は苦笑を浮かべながら言った。

「噂はわからないけれど、私は金の龍人ですよ。
 
 それに、この楽器に細工なんかいらない。このままのこれが良いです。」

「そういうことなら、この楽器は坊主の物だ。

 まだ、音色で調整したいところがあるから、しばらくはここで練習をしてくれると

 ありがたいが・・・。」

男が言うと慧は嬉しそうに顔を輝かせた。



その時、慧の服の裾がクイクイ引っ張られて、

「金の龍人・・じゃあお兄ちゃんは、有名なお医者様なの?」

小さな男の子が慧を見あげて言った。

「有名かどうかわからないけれど、医者でもあるよ。」

慧は屈んで男の子に目線を合わせて言った。

「じゃあ、お母さんの耳治してくれる?」

「お母さん、耳悪いのかい?治せるかどうかわからないけれど

 見せてもらおう。じゃあ、お母さんとこ行こうか?」




慧は、ニコライにセントミリュナンテから道具を持ってくるように頼み

出来たら、楽譜を持ってルイにも来てほしいと言った。

診察が終わってから作った曲をピアノで弾いて細かな調整をしようと考えたからだ。

ニコライが飛び立つと、小さな男の子に案内されて母屋に行く。



「いいの?お母さんの秘密?」

大きいほうの少年が父親を見あげながら言うと男は

「いいんだ。」と言ってその少年の頭を撫でた。


居間には、先ほど、お茶を出してくれた女性が座っていた。

男の子が小さな黒板に慧のことを書くと女は頷きベールを外した。

すると、絹のような美しいラベンダー色の髪が広がった。

慧は安心させるように女に微笑みかけると、女の耳に手をおいて

目を閉じた。

・・・・あれ、使うとファルに怒られるしなあ。・・・・

あれとは、蒼の龍の秘術のことだ。

慧はそう思いながら少しずつ女性を治していこうと思った。

少しずつ癒しの魔法をかけると、聞こえる可能性が出てくるような気がした。

その分、朝、夕と癒しの魔法をかけ薬湯を飲んでもらう必要がある。

慧は慎重に女の耳を検査した。

診察が終わった頃、慧の医療道具を持ってきたニコライと楽譜を抱えたルイが

部屋に入ってきた音がした。

工房の方から、男と子供も来る。

ルイがその女の人を見ると、目を見開いて楽譜をバサバサと落とした。

女の人も驚いたようにルイを見つめ、両手で口を覆った。

ルイの目から涙がポロポロ流れ落ちた。

周りの人は呆然として2人を見つめた。

ルイは女の人の側に駆け寄り女の人に抱きつくと

女の人も泣きながらルイを抱き寄せた。



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