眠る君へ捧げる調べ

       第5章 君ノ眠ル地ナバラーン〜桜龍編〜-4-

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「どうですか?おかげんは?」

夕食のトレーを持ってニコライは慧の病室に入って来た。

「ええ。すごくいいです。ニコライ、いつもありがとう。」

慧はそう言いながら自分で上体を起こした。

「どういたしまして。」

ニコライはちょっと微笑んでトレーをベッド用の足の短いテーブルに置くと

それを慧の膝の上に置き、慧の手を濡れた布で拭いてあげ、

何がどこにあるかを教えてあげた。



慧は器用に匙を使いスープ皿からスープを飲んでいる。

「ねえ。ニコライ、時々外から歌が聞こえてくるのだけど・・。」

「ああ。それはルイ・シーリュでしょう。私の生徒です。」

「昼は授業なのでしょう?でも、なぜ?」

「さあ、なぜなのでしょうかね。私も知りたいところです。

 しかし、そのお陰でケイ様を見つけることができました。」

「ニコライ。様付けはやめてって・・。」

「いえ。それはできません。あなたは、尊い方ですから・・・。」

「そんなことないです。尊いなんて、困ります。

 ルイ君だっけ・・直接お礼を言いたいので会えませんか。」

「ルイ・・ですか?わかりました。明日の午後にでもこちらに来るように言いましょう。」

「珍しいですね。」

「何がですか?」ニコライは不思議そうに言った。

「ルイ君はニコライを困らせているようですね。」

「ああ。感情が乱れましたか?ええ。ルイは決められたことをいつも破ります。

 私の生徒の中では正直一番手がおえません。」

「そう。尚更会うのが楽しみ。」

慧はそう言いながら微笑む。その様子はまだ幼い子供だ。

しかし、話をしているとすごく大人で知識も豊富だ。




慧は、トレーの上全てを食べ終えると『ごちそうさま』と手を合わせた。

そう言えば、毎食、食べ終わる時にこの言葉を言う。

「その言葉はどういう意味なのですか?」

ニコライは不思議そうに言った。

「ああ?『ごちそうさま。』?

 これは、この食事には沢山の人が汗水を垂らして駆けずりまわってくれてるでしょう。

 例えば、このパンにしても麦を作る人、粉を作る人、パンを作る人全てに感謝いたします。

 という意味だそうです。」

「素敵な言葉ですね。」

「私も知らなかったけど、一緒に暮らしていた人がそう教えてくれて

 それからきちんと使うようになったんです。」



慧は、龍星を思い出しながらそう言った。

龍星は小説家だったからか、そのような知識は豊富だった。

「その言葉、文献で読みましたが意味不明だったのですよ。」

ニコライの言葉に慧は驚いたように言った。

「文献って?」

「あなたの使う言葉は初代の龍王の妃様が使った言葉と同じなのです。

 私は、その言葉の研究をしていまして・・。」

「ちょ・・ちょっと待って。と言う事は、初代の花嫁って日本人?」

「日本人って、なんですか?

 でも、目が治るとその方の日記の写本は見せることができますよ。」

慧は少し嬉しそうに頷いた。

「ありがとう。ニコライ。」

「いいえ。もしケイ様が解読出きるのならこちらとしてもすごく助かります。

 初代の妃様のはほとんど解読されていないのですよ。しかし、この国には

 その方が名づけた地名など残っております。そして私にとって初代妃様が特別なのは

 私ども一族の名をつけたのがその方だからです。」

「一族の名?」

「ええ、初代の妃様が私どもの祖である龍を見た時 桜 とおしゃったそうで

 それから取り、我が一族はサーリュと名乗っております。」

「ああ、ニコライは桜龍なんだね。素敵な名前だなあって思っていたんだ。」

「ケイ様は桜をご存知なのですか?」

「うん。大好きな花だよ。それに・・・。」



慧は思い出した。

龍星と出かけたお花見ドライブ。

美しい桜を綺麗だと言った慧に龍星は優しく微笑んでくれた。

怪我で弱っているのだろうか。

急にリューゼに会いたくなった。

いや会うだけでない、抱きしめられてキスされたい。

慧の頬を涙がこぼれた。

慧の感情に空も反応し、あまり雨が降らないミリュナンテに

雨が降りはじめた。



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