眠る君へ捧げる調べ

       第5章 君ノ眠ル地ナバラーン〜桜龍編〜-3-

本文へジャンプ




「ニコライ様。」

夜、校医がニコライの部屋をノックした。

「どういたしましたか?」

ニコライは寝着の上にガウンを羽織りドアを開けた。

「あの子なのですが、魘されてわからない言葉を話しています。」

「わからない言葉ですか?とにかく、行ってみます。」

ニコライは机の上に置かれていたランプを取り、

部屋を出た。

医務室に近い教師用の部屋に入るとベッドの上で

少年が魘されている。

顔を怪我したため顔全体が包帯で覆われ痛々しい。

耳を寄せてみたニコライは驚いた顔を見せた後に悲しい顔をした。

「ニコライ様。わかりますか?」

「ええ。お父様とお母様、そしてリュウセイなる方を呼んでおられます。」

「ニコライ様・・どこの言葉なのですか?」

「この言葉は、初代龍王の妻となられた夜明けの神が使われた言葉です。」

「夜明けの神の?」

龍王と妻の真名は、金と銀の龍しか知らない。

他の者は、龍王のことは龍王様と呼び

妻のことは結婚した後は龍妃様と呼び

没した後神名がつけられる。

存命中に元の世界の文字で日記や私的なものを書いていたものを神官だけが

閲覧することができ言葉の研究がすすめられていた。

ニコライはその言葉の研究に携わっていたので慧の言葉がわかったのだ。

『大丈夫。』そんな言葉があったような気がして、ニコライはそう言いながら慧の頭を撫でた。

慧の閉じた目から涙が頬をつたう。

「可愛そうに・・。辛いことを思い出しているようです。」

ニコライはそう言いながら、慧の頬の涙をぬぐった。

その時、部屋の中に黒い影が入ってきた。

それを追って走ってくる神官の足音が聞こえる。

ニコライは驚いて入って来たクーニャを見つめた。

背中に生えていた翼は消えている。

フィリオは、寝台に乗ると慧の横に寝そべった。

慧は無意識にフィリオを抱き寄せスースー寝息をたてる。

「聖獣は、悪い夢を食べるという言い伝えがあるがどうやら本当のようですね。」

校医は安心したように呟いた。








・・・・ケイ様・・・ケイ様・・・

・・・フィリオ・・・?・・・

慧は、声を出そうとした。

しかし、掠れた声しか出なかった。

目を開けようとしたが暗い闇に覆われている。

「目を覚ましましたか?」低い男の声が聞こえた。

慧は黙って頷いて、起きあがろうとしたが、誰かに肩をつかまれて

ベッドに寝かされた。

「君は怪我をしているのです。もう少しで医者が来ると思うので休んでなさい。」

優しく額を撫でられる。



「あ・・・りがとうご・・ざいます。」

出た声はとてもかすれていた。

「気にすることはないのですよ。」

「お・・・な・・ま・・え・・おし・・えて・・ください・・。

 わた・・・しはけ・・い・・・で・・す。」

「無理に声を出すことはありません。

 私は、ニコライです。」

「あり・・がとう・・・ニ・・コ・・・ラ・・ィ・・」

慧はそう言うと眠りはじめた。





慧の横ではほっとしたようにフィリオが小さな犬型の姿に戻った。

少ししてから校医が来た。校医の後ろからもう1人の男が入ってくる。

「先ほど、目を覚まされましたよ。今は、休んでおりますが・・。」

とニコライが言うと校医はほっとしたように

「それは良かった。倒れてもう5日です。心配していました。

 ああ、それからこの方は目の病に詳しい方です。」

もう1人の小太りの男がニコライに礼をした。




男は、慧のそばに行くと包帯を取り深く傷ついている顔に

顔を顰めた。

男が傷に触れると慧が「うっ」と呻きながら目を開けようとした。

「いけません。あなたは瞼の上を傷つけています。

 目を開けると傷が開きますから目を閉じていて下さい。」

男はそう言うと、鞄から薬の瓶を取り出しそれを綺麗な布に

塗り、再び包帯を巻いた。

「不自由ですが、このまま2週間ほどこのままでいてください。」

慧は小さく頷いた。

「フィリオは?」慧が小さな声で言った。



・・・ケイ様・・・申し訳ございません・・・守ると誓いましたのに・・

フィリオがケイのベッドにあがって来て言った。

「フィリオ・・・痛いところない?怪我無かった?

 それに、皆大丈夫だった?」

フィリオは、黙ってケイの小さな手を舐めた。

校医が優しく言った。

「坊や。今は自分の怪我を治すことだ。ほら薬湯を飲むんだ。口を開けて。」

ニコライが慧の背中に枕をいれ軽く上体を起こさせてくれ、口元に

薬湯らしい椀が当てられた。

慧は薬湯を飲むと再び眠りはじめた。

自分の怪我よりも聖獣や他の心配をする慧はやはり金の龍人なんだと

三人は思った。



  BACK  NEXT 

 Copyright(c) 2007-2009 Jua Kagami all rights reserved.