眠る君へ捧げる調べ

       第4章 君ノ眠ル地ナバラーン〜黄龍編〜-10-

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その夜、ジャンは慧を探したがどこにもいない。



あれから市場の奥の奴隷市を見て、顔色が悪い慧とともに宮殿に戻った。

宮殿に戻った慧は元気なく自分のあてがわれた部屋に行くと

ベッドに入りそのまま目を閉じた。



夕方に部屋を覗いた時には確かに部屋にいたのだ。

「やはりあれは見せないほうがよかったのか・・。」

ジャンはそう言いながら心配そうに廊下を歩いた。

その時、向こうからロベルトがやってきた。

「ジャン、どうしたのだ?」

「お父様、ケイと会われましたか?」

「いや。見てないが・・・今日はどこに連れて行ったのかね。」

「この宮殿の近くの市場へ・・。」

「まさか、ケイにあれを見せたのかね?」ロベルトは責めるようにジャンに言った。

「はい。でも、見せなくてはならない。あれは、この国の真実です。

 しかも、あの市場は兄の市場です。あそこなら、他の所よりはまだましだと思いまして・・。」

「そうか・・・。一緒に来なさい。この前話した魔術を見せてあげよう。」

そう言うと、ロベルトは自分の書斎に入って行った。

ジャンは父親の後をおとなしくついていった。

部屋に入るとロベルトは部屋の鍵を閉め、机の天板を裏返すとそれを斜めに立てかけた。

「普段は普通の鏡でもできるが今日は大きな鏡で見ることにしよう。」

ロベルトは鏡にブレスレッドを翳し低く呪文を唱えた。




すると、鏡には黒いマントを羽織った慧とその足元に控えるフィリオが映った。

耳元には何個ものリーンリーンという音が聞こえてくる。

ロベルトとジャンは慧が立っている場所を見て息をのんだ。

そこは、あの市場の奴隷の檻の近くだった。

「どうやら、闇龍の魔術を使っているようだ。」ロベルトは低い声で言う。

ロベルトの言ったとおり、慧はこの魔術を使っていると

鍵が掛かった部屋だろうが牢だろうがどこにでもいけるらしい。

フィリオも同様なようで、慧の足元を黙ってついてくる。

「あれ・・・クーニャ?」ジャンも低い声で呟いた。

フィリオは、クーニャの姿に巨大化している。

慧は、奴隷の檻を見向きもせずその奥の扉の方に進み、部屋に入った。

そこの状況を見てジャンもロベルトも目を見張った。

そこには人がたくさん倒れていた。目を開けているものは目がうつろで

空を見ている。慧の足元でも、1人の老人がボーッとした目で慧を見あげた。

「ナバラーンでは、殺戮は許されていないはずなのに

 なんということなのだ。」

ロベルトは、そう呟いた。


鏡の向こうからリーンリーンと鐘のような音が何個も聞こえる。

慧は静かに言った。

「龍王様の名の元にお迎えに参りました。」

すると、部屋の中が薄明るくなり何人もの人が立ちあがった。

よく見ると、全員が透けてみえる。

「もう、苦しまなくていいの?」小さな少年が慧のそばに来た。

「ああ。」慧はそう言いながら小刀を取り出し、鎖を切った。

すると、足元に白い玉が残った。少年に続き、苦しみが解放されるなら・・・

と女や子供が続いた。慧は無表情に鎖を切り、大きな袋に大切そうに玉を入れる。


「何で、俺達がこんな目にあうんだ。」数人の若い男が慧に向かって拳をふりあげた。

慧は悲しい顔をして、小刀を軽く振ると、その刀は薙刀のような大きな刀に変わる。

その刀を軽く振り、鎖を切ると足元に色々な色の玉だけが転がった。

慧は、全ての玉を拾い、そしてその部屋を悲しそうに見つめた。



急にリーン・・リーンという音が慧の足元で聞こえた。そこには、先ほど倒れていた老人が立っていた。

「龍王様の名の元にお迎えに参りました。」慧がそういうと老人は静かに微笑んだ。

「死神様・・我々は生まれ変わってもまたこのような運命なのでしょうか?

 なら、生まれ変わらせないでください。龍王様は、我らに本当に情けをかけているのでしょうか。」

慧はすごく優しく微笑みながら言った。

「今、龍王様は眠っております。でも、龍王様はいつもナバラーンのことを考えております。

 そして、近い将来、ナバラーンの地は人も龍も楽しく暮らせる地になっているはずです。

 だから、今はぐっすりとおやすみください。次、目覚めた時には、あなたは新しいナバラーンの

 地で幸せの中に包まれるでしょう。」

老人は嬉しそうに微笑み、慧はその鎖を小刀で切った。

それから、慧は、フィリオと市場の外に出て、黒い羽根を広げ泉の所に飛ぶ

と集めた玉をすべて泉の中に落とした。



その間、慧の目からは涙が止まることはなかった。

「フィリオ・・・。皆が平和に暮らせる世界を作りたい。」

慧は地上に降り立つとフィリオの首に顔を埋めてそう言った。

「でも・・フィリオ・・私はあの方に比べてあまりにも非力だ・・・

 それでも・・・あの方が立ち上がった隣に胸を張って立ちたい。」



ロベルトは鏡の画面を消して言った。

「これほど、ひどいことが為されているとは・・

 知らないではすませられない。

 少なくても、黄龍の地だけでも私が在るべき姿にもどさなくては・・。


ジャンは静かに言った。ジャンの目には涙が溜まっていた。

「お父様。私はケイと共に行きます。これは、貴方の命令ではなく

 私の志願としてお受け取りください。今まで俺は・・・あの市場だけを守ろうと思っていました。

 しかし、ケイの理想は俺の理想と重なります・・だから・・・。」

ロベルトは静かに頷いて言った。

「ジャン、私の使える魔法は全てそなたに伝えよう。」



朝霧の中、フィリオは慧を背中に乗せ宮殿の方に歩いてきた。

慧は疲れ果ててフィリオの背中でぐったりしている。

宮殿の近くに着くと、宮殿からジャンが出てきた。

ジャンは慧をフィリオの背から抱きあげ、ベッドに運んで優しく毛布をかけた。

「お前の主人はすごい人なんだな。これからも俺も一緒だけど、よろしくな。」

ジャンは心配そうについてきたフィリオに笑いかけながら言った。





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