眠る君へ捧げる調べ

       第10章 君ノ眠ル地ナバラーン〜王宮編〜-15-

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「エドワード、今日もですか・・・?」

メリッサはエドワードがたくさんの箱を

抱えてきたのを見て言った。


「ああ、この前の夕食会以後、人の城の貴族から

 急にケイ様への貢物が多くなってなあ。」

エドワードも疲れたように言う。


「全部、送り返すの?」

メリッサがそう言うとエドワードは数束の封筒を見せて言った。

「ああ。慧様の丁重なお断りの手紙と一緒にね。

 でも、慧様もなかなかの策士でいらっしゃる。」

「まあ?どうして?」

「慧様は手紙にこう書かれているらしい。

 贈り物をするお金があったらナバラデルトに住む人達の

 公共施設を建てるための基金に協力して欲しい。と。

 それで、貴族からの献金が続いているらしい。」

「さすが、慧様ね・・・。」




メリッサはそう言いながら微笑むと血相を変えた慧が部屋から出てきて

廊下を走って行った。

その後をファルとジークとジャンが追った。

エドワードとメリッサは不思議そうに顔を見合わせた。






慧は、うねうねしている長い廊下を走り見えて来た部屋の扉を

開けようとしたが、中から鍵がかかっていた。

慧は魔力を込め、扉に手を翳すと

「開け!!」と大声で言った。

すると、大きな音と共に扉が吹っ飛んだ。



そこには、血まみれで倒れている男の姿があった。

慧はその男の側に行くと上を向かせ、

蒼の秘術を唱えると、男を抱きしめた。

「ロゼ・・目を覚まして・・・。」




慧はそう言うと再び蒼の癒しの呪文を唱えた。

その時、ファルとジークとジャンが入って来た。

ファルは、慧を助けロゼの治療を始めた。

ジークは一旦外に出て従僕や侍女を探したが

誰もいなかったので、眷龍を呼び部屋を片付け、

ジャンは誰にも情報が漏れないように部屋の扉を硬く閉め、

他の銀の龍達や龍の当主達に説明に行った。







ロゼは、うっすらと目を覚ました。

あの夕食会の次の日から誰もいなくなった部屋に

灯りがともり、暖炉に火が入っていた。



「生きているのか・・・。」

ロゼは自分の手を灯りに翳して言った。

その時、扉が開き慧とファルが入って来た。

意外な者が入って来て、ロゼは驚いて声もでなかった。

「あっ。ロゼ気づいたんだね?」慧はそう言ってにこやかに微笑んだ。



「なんで・・お前が・・・。」そう言ったのはロゼのなけなしのプライドのせいだ。

慧はロゼの脈を取ると、「ひとまず安心だね。」と言った。



「何で、助けた・・・。俺はもう価値なんてないのに。」

「価値?何それ?」慧は心底不思議そうに言った。

「部屋に入って来ておかしいと思わなかったのか?

 もう、私には価値が無いんだ。

 私は花嫁になる為に育てられてきた。

 でも、その道はもう途絶えた。

 ごらんの通りさ。もうここには誰もいない。

 どうせ、花嫁に選ばれなかった者は

 どこかの好色な貴族の慰み者にしかならないんだ。

 父様は今頃貴族を物色しているだろうさ。」



慧は、ロゼをぎゅっと抱き寄せた。

ロゼは、「離せよ。」と言ったが慧は離さずに言った。



「ロゼ。私がそんなことさせない。

 だから、ロゼもあきらめないで。」

「あきらめない?」

ロゼは驚いたように慧を見あげた。



「いつだって、やり直せるんだ。

 私はね。昔、親戚に疫病神と呼ばれていたんだ。

 私の両親もその後面倒をみてくれた伯母も

 亡くなってしまって、金だけはあっても

 不吉だと言われたんだ。」

「お前が・・?」



「ああ、親戚は金をせびりに来るだけで

 本当に寂しかった。

 死を選ぼうと思ったことも無かったわけではない。

 それでも・・ロゼ。

 私も素敵な出会いがあって、今がある。

 今は生きていて良かったと心から思えるんだ。

 だから、ロゼ。自分の手で自分を殺すなんて

 しないで欲しい。

 もし、誰もが君のこと必要ないって言っても

 私は君が必要だと言ってあげる。

 いつでも、こうして抱きしめてあげる。

 気持ちをわかってあげられないかも知れないけれど

 話を聞いて一緒に考えてあげる。

 辛かったね・・・苦しかったね・・・。」

慧はそう言ってロゼの頬を撫でた。




「ユナ・・・ユナ・・って呼んで。」

ロゼはそう言うとわあ〜と泣きはじめた。

そこには、あんなに尊大だったロゼはいなかった。

「ユナ・・・良く頑張ったね。」

慧は自分より大きなユナを抱き寄せ

「大丈夫・・大丈夫。」と優しく頭をなではじめた。




しばらくして慧は静かに癒しの呪文を唱えて

ユナが眠ると

そばにいたファルをみあげて言った。


「ファル・・・ユナにも、

 私がリューゼに出会い、ファルに出会ったように

 素敵な出会いがあるといいね。

 その為にも・・私は、ユナを守るよ。

 ユーリとキースを呼んでくれない?」


慧の目はとても悲しそうでそして静かな怒りが篭っていた。




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