眠る君へ捧げる調べ

       第1章 君ヲアイシタ記憶(現世編)−8−

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「本当に健気な子ですねぇ。無理して普通にしているのも・・また・・。」

樹が溜息をつきながら呟く。

「私が後押ししましょうかねぇ。」




慧は、いつものように龍星のマンションに戻ってきた。

樹の腕のなかで大泣きをした次の日から慧は気持ちを入れ替えた。


いつまでも、龍星のことを思って泣いているのは龍星を悲しませると思ったからだ。

以前のように朝も早く起きて樹の分も朝食を作り、帰ってからも

家事をこなし、勉強も一生懸命している。

忙しくすることが悲しみを遠ざける手段だということは慧は経験の上わかっていた。



慧がマンションの玄関に入ると樹が出てきて言った。

「慧ちゃん・・おかえり。やあ。ちょうどいいところに帰ってきたよ。

樹がダンボールを持って来て言った。


「どうしたんですか?」

「いや・・・ほら、龍星さんの書斎片付けなくてはならないからね。

 手伝って。」

慧は、龍星の書斎に必要以上に入ったことがなかった。

だから、少し緊張して足を踏み入れる。

「ほら、そこの本棚の本仕分けして、このダンボールに入れて。」

樹はそう言うとダンボールを持ってくると部屋をでた。

慧は樹に言われたとおり本をダンボールに詰めはじめた。



何気にひとつの本を手に取り眉を潜めた。

それは黒い本で本というより、日記のようだった。

「何だろう?」

慧はその本の扉を開ける。

裏表紙には龍星の字で自分の名前が書かれていた。



『慧へ

 君がこの本を見つけたということは、私は君のそばにはいないのだろうね。

 私は、君を愛している。

 私が別の世界の存在だなんて言うと君は驚くのだろうか?

 それとも喜ぶのだろうか?

 とにかく、私は別の世界に存在している。

 私は自分の意識を数個の玉に変え、様々な世界にとばした。

 そして、その意識の1つが肉体を得たのが君の知っている結城龍星だ。

 でも、その肉体は使命を果たすと無くなるようになっていたんだ。

 その使命は全てを捧げても良いくらい愛しい存在に巡り合うこと。

 佐伯龍星は、君に巡り合い、君に愛情を注いだから消滅した。

 君には、2つの方法がある。

 1つは、この本を閉じる方法。

 この本を閉じると、君はこの本のことを忘れるだろう。

 もう1つは、結城龍星の母体に会いにくること。

 龍王は私だから君に再び会えるだろう。

 私の世界では君の常識は通用しない。

 それでも、私に会いたいと思うのならページをめくりなさい。

 君をわが世界に招待しよう。』





慧は、息を吸い込んでためらわずにページをめくった。

金色の光が慧を包む。

部屋の床に黒い本ががさっと落ちた。

そこには、慧の姿はなかった。




樹は、書斎に入って来て言った。

「しかし、慧ちゃん。あんなに戸惑いもなく・・行くなんて・・・

 あの子ならひょっとしたらひょっとするかも・・・。

 さぁ。任務完了。撤収。」

樹が手をパンと叩くと部屋中の物が消えた。

趣味の良い家具も、龍星と慧が愛し合った大きなベッドもキッチンの小物もない。

あるのは、無機質な壁紙だけ。

そして、翠の光に包まれると樹の姿も無くなった。





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