眠る君へ捧げる調べ

       第1章 君ヲアイシタ記憶(現世編)−7−

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次の日の朝、いつものように慧は龍星の腕の中で目を覚ました。

「龍星さん?」

龍星は微笑んでいるがぴくりともしない。

「龍星さん」

胸に顔を寄せると裸の胸が冷たい。



慧は、飛び起きた。

「龍星さん・・・」と龍星を揺さぶってみる。

「嘘だろ。」慧は龍星の胸に耳を当ててみた。

しかし、龍星の胸から心臓の音はしなかった。

「そ・・・そうだ。救急車。」

慧は急いでベッドを降りて携帯を探す。



その時、玄関のチャイムの音がした。

慧が取り乱して玄関の扉を開けると、龍星の担当の佐藤樹だった。

「慧ちゃん、どうしたの?」

樹は慧の顔色を見て言った。


「龍星さんが・・・龍星さんが・・・。」

慧はそう言いながら寝室に樹を連れて行く。

樹は、龍星の首に手を当てて慧の方をみて静かに首を振った。




慧は樹の顔をみるとそのままパタリと倒れた。

樹はあわてて慧を支える。

「この子を巻き込むのはさすがに罪悪感を感じますね。

 壊れなきゃいいですが・・・。」

樹はそう言いながら首を振り、手を翳すと手から翠の光が慧を包んだ。






「慧ちゃん・・・スープを作ったよ。何か食べなくちゃ。」

樹が慧のそばに座りながら言う。

慧は、黙って首を振る。

「慧、龍星が悲しむ。口をあけて・・。」

樹はスープをすくって慧の口元にスプーンを持ってくる。

慧は口をおとなしく開ける。

その姿は人形のようだ。




あれから数日がたった。

慧が目を覚ましたのは白い病室だった。

ショックのあまり倒れて高熱を出したらしい。

熱が下がるまで数日間病室のベッドで魘されて過ごした。


魘されている慧はいつも龍星の名を呼んでいた。

樹は毎日病室に顔を出し、慧を気遣ってくれた。

慧が退院するときも樹は病院に迎えに来てくれた。




数日振りにマンションに帰ると、机の上に位牌と遺影がポツリと置かれていた。

慧は、表面上は気丈に振る舞い、学校にも行く。

しかし、帰ってくると机の前に座り

ただぼーっと何時間も位牌と遺影を眺めていた。



思い出すのは龍星の優しい手、笑顔・・・一緒に語ったこと。



本当に悲しい時は涙なんて出ないんだ。

ぼーっとしたまま慧はそう思った。




樹は、慧をそっとしておいてくれた。

ただ、食べることと寝ることにはうるさかった。

自然と少食になった慧にスープを持ってきて口に運んでくれる。

夜は11時を過ぎるとベッドに入るよう促し眠るまで手を握ってくれ、

同じ部屋に布団を敷いてそこに寝てくれた。

最初の日別の部屋で眠っていた樹が夜中に慧がひどく魘されてからは

ずっとそうしているのだった。





「慧・・・・聞きたくないと思うけど・・・。

 龍星は君に財産を残したんだ。」

「財産って?」

慧は遺影をぼんやり見つめたまま言った。


「このマンションと本の印税。そして生命保険金。全て慧君に相続されることになった。」

「樹さん。俺はいらないよ。俺は龍星さんの位牌と遺影があるだけでいい。

 ただ、龍星さんがここにまだいるような気がするから、

 もう少しだけこのマンションにいさせてほしい。

 それが終わったら、俺は自分の家に戻るよ。」

「慧ちゃん・・・。」樹は悲しそうな目をして言った。


「なんで・・皆俺を残して逝っちゃうんだろうな・・・。

 龍星さんなんか、俺をあんなに激しく抱いて・・・・。」



涙が慧の頬をつたった。

樹が慧をそっと抱き寄せた。


「なんで・・・皆俺を置いていっちゃうの・・ねぇ・・樹さん・・俺・・・何かしたかな?

 父さんも母さんも俺を育ててくれた伯母さんも

 龍星さんも大切な人は皆俺を残して逝っちゃうんだ。」


「慧ちゃん・・・・。」

樹は静かに慧の頭を撫でる。



「ねぇ・・樹さん・・今日だけ泣かせて・・明日から・・元気になるから・・・

 お願い・・・。」


「慧ちゃん・・泣けよ。泣いて悲しみを全部吐き出せばいい。」

慧はたくさんたくさん泣いた。まるで、子供のように。

泣きつかれて眠ってしまっても涙が頬をつたっていた。


「ほんと・・・罪作りですよ・・それが宿命だとしても・・・。」

樹はにっこり微笑んでいる遺影の龍星に向ってそう呟いた。



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