慧は嬉しそうに夕食の支度をしていた。
「今日は、肉じゃがにでもしようかな。」
その時、ふと思った。
俺・・・ひょっとして楽しんでないか?
最近ふと感じることだった。
龍星と恋人になろうといわれても龍星はキス以外特に何もしない。
でもそのキスはすごく上手くていつも熱い溜息が出る。
そのキスと一緒に「大好きだよ。」「可愛い・・慧・・。」
そう囁く低い声を思い出しただけでも慧は熱くなってくる。
「俺・・変態かなあ・・どうしてくれるんだよ・・龍星さん?」
慧にとって龍星の存在が段々大きくなっていることは事実だ。
「まあ・・いいか。」
慧はそれを認めることにした。
元々慧は楽天的で前向きな性格だ。
それを懐疑的にしたのは彼の親戚の影響だ。
しかし、龍星との生活で慧は本来の自分を取り戻していた。
「うーーん・・良い匂いだな・・。」
慧は、後ろを見て微笑んだ。
「今日は、肉じゃがにしようと思って。」
龍星は、嬉しそうに短く口笛を吹いた。
それを見て慧は子供みたいだと思いながらも嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そういえば、仕事終わったの?」
「ああ。明日は、日曜日だな。俺も休みにするから一緒にドライブでもしないか?」
慧は嬉しそうに頷いた。
一緒に食事に行くことはあっても出かけることはなかったからだ。
次の日の昼、慧は隣で車を運転している龍星の顔を眺めた。
龍星は久しぶりのドライブが楽しそうで、オーディオから流れる音楽に指先でリズムを取っている。
「何だ?私の顔になんかついているか?」
龍星は微笑みながら慧に言った。
「いえ。なんだか龍星さん楽しそうだから。」
「私は人工のものより、森や海が好きだからね。ほら、この道を抜けると海が見えるよ。」
龍星の言うとおり道を抜けると海が見えた。
「ああ。綺麗。こんなところもあるんだ。」
「慧は地元なのにあんまりわかってないようだな。素敵なところだぞ。慧の出身地は。」
「うん。俺は都会は嫌だな。息がつまりそうで。」
「わかるよ。」龍星は笑いながら言った。
車は、美しい海岸線を抜け、桜で有名な公園に入った。
龍星が車を駐車場に止め、2人はその公園をゆっくりと歩き出す。
「すごい、綺麗だ。」慧は嬉しそうに桜を見渡す。
「ああ。でも、慧。これが美しいと感じるのは慧の心が美しいからだと私は思うよ。」
龍星はそう言って目を細めた。
「そうかな?綺麗なものは綺麗だけどね。あっ。龍星さん、あっちでお団子売ってるよ。
俺、買ってくるね。」
慧はそう言ってテントの出店の方に走って行って団子を買っている。
龍星はそんな慧を眩しそうに見ていた。
慧に想いを告げて一月がたった。
ずっと1人暮らしだった慧が龍星に甘えるというのには抵抗があったらしい。
龍星は自分から恥ずかしそうにキスをしてくる慧をとても愛しく感じていた。
二人は団子を食べ、公園を歩くと再び車に戻った。
車の横には大きな海が広がる。
慧は窓にはりつくようにキラキラした海を眺めていた。
「龍星さん、今日はありがとう。すごい楽しいよ。」
「そう?それは良かった。私も楽しい。」
「龍星さん・・・俺こんなに良くしてもらっていいのかな?」
「急にどうしたのかな?慧?」龍星の大きな片手が慧の頭を撫でる。
「俺、たいしたことしてないけど、そばにいていいのかな?」
「慧・・・?」
「俺・・龍星さんに貰ってばかりだ・・・。」
「そんなことない。慧は家事だって私のスケジュール管理だってしてくれるじゃないか?」
「龍星さん、それは仕事でしているんだよ。」
「それに恋人としてもこうしてそばにいて笑顔でいてくれる。」
「俺は、もっと龍星さんに何かしてあげたい。」
「慧、ありがとう。私はね、あんまり多くのことを望んではいないんだよ。
私の考えていることを知ってほしい。そして一緒に生きてほしい。
実は願いはそれだけなんだ。そして、慧はいつも私の話を聞いてくれる。
それだけで私は心が満たされるのだよ。」
「龍星さん・・。」
「ねえ、慧・・・。こんな時にいうのも何だけど、君が愛しくて愛しくて
全て欲しいと思うよ。」
「いいよ・・・。」
慧は龍星を見あげて微笑みかけた。
「俺、龍星さんならいいよ・・・。おかしいな。男なのにこんなにドキドキしている・。」
「そんな慧だから愛しいんだよ。」
龍星は、そう言いながらアクセルを踏んだ。
車の中は本当に静かだった。
でも流れている空気はすごく暖かかった。
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