眠る君へ捧げる調べ

       第1章 君ヲアイシタ記憶(現世編)−2−

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「う・・・・ん。」

目を覚めた慧が天井を見ると見慣れない天井だ。


・・うわあ・・・知らないベッドに寝ている・・・

横を見て慧は固まった。


・・・誰?・・・ああ・・昨日一緒に呑んだ人だ・・・

横には昨日の男が寝ていた。


短く刈られた髪は黒と言うより濃紺という感じだ。

彫像のようにくっきりとしたような顔は目を開けると

ハンサムだとわかる。

男は、真っ白なワイシャツを着たまま横になっている。



慧が動いた気配に気づいたのか男は目を開けた。

「起きたのか?」低い声で聞く。

「俺・・何も覚えていなくて・・。」


慧はそのまま起きあがると

ベッドの上にちょこんと正座していった。

「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

なんだかその姿は可愛い。


男は微笑みながら言った。

「そんなに慧君はご迷惑かけてないよ。服のまま寝たから気持ち悪いでしょ?

 あっちにバスルームがあるからシャワーでも浴びておいで。」

「いえ。これ以上迷惑かけるわけには・・。」

「昨日、話したこと覚えてないでしょう。」

「ええ。」

「じゃあ、慧君がシャワーを浴びている間、俺はコーヒー入れるから

 さっぱりしてダイニングにおいで。」



男はそう言って立ちあがると、バスルームのドアを開けてタオルとバスタオルを出してくれた。

慧は、マンションにしては広めのバスルームでシャワーを浴びる。



バスルームの鏡の前で慧は溜息をついた。

「不公平だよな・・・。」

168センチしかなく、食べても太らない華奢な身体、そしてどちらかといえば女顔。

あの男と全然違う。

「いいなあ・・。」ついついそんな言葉が漏れた。


脱衣所で服を着替えダイニングに行くと、テーブルの上にはコーヒーとクロワッサンが置かれていた。

「さあ、座って。慧君。」男もカジュアルな服に着替えていた。

慧は座ると男は慧に聞いた。

「昨日のことはどこまで覚えているかな?」



慧は申し訳なさそうにほとんど覚えていないと言うと男はやはりというように頷いた。

男は立ちあがって引き出しから名刺を取りだすと慧に渡した。


「結城・・・ 龍星さん?」

「一般に佐伯龍の方が知られているがね。」


「もしかしたら、小説家の?」

「ああ。」

「びっくりです。俺・・・貴方の本持っています。」

「それは、嬉しいな。」男はにっこりと微笑む。


「推理小説ですよね。新刊の探偵シリーズも読みました。」

「そうか・・。」

「でも何でこんな田舎に?」

「ああ、実は拠点をこちらに移すことにしたんだ。それで、慧君。昨日お願いしたんだけど

 もう一度お願いする。」

「何をですか?」


「昨日、慧君は親戚の関わらないところで生活できたらと漏らしていたね。」

「ええ。そうですね。たまに来る親戚はお金目当てですし。」

「俺は、新しい拠点としてここのマンションを買ったんだ。そこで慧君に一緒にここで住んでほしい。」

「ええ〜待ってください・・ここどこですか?」

「場所は、そこのバルコニーから外を見るとわかるだろう?」



慧はバルコニーから外を見て溜息をついた。

「ここめちゃくちゃ高いだろう?」

そこからは、この都市に住んでいる人は誰でも知っている五角形の公園が見える。

「いや。そんなに高くは無かった。」

「それで、なんで俺ですか?」

「いや、昨日話して気にいってね。」

「俺の素性はわからないでしょう?」

「いや、慧君が良い子なのはわかるよ。」

「そんな良い子って・・・。それに俺がここに暮らして何かあなたにメリットがあるのですか?」

「いや、要するに俺は住み込みのバイトをして欲しいんだ。」


「住み込みのバイト?俺大学生ですよ。」

「ああ。それはわかっている。」

「具体的に何をすると良いのですか?」

「そうだな。家にいるときは電話応対。それから家事もやってもらうと助かる。

 大学の用事でできないときは良い。あと慧君。俺はバイだから。」

「バイ?」

「男の人も女の人も恋愛対象になるということ。」



「そ・・・それって。」慧は頬を引き攣らせて言った。

「いや。確かに慧君好みだけど同意無しに襲わないから。

 だって昨日も襲わなかったでしょ?でも、恋愛対象にはなるから。

 初めに言っとくよ。」

「はあ・・・。」

「それに君にも良い条件だと思うんだよね。大学には私の車で通って良いし、

 基本的に食費は俺が出すし、バイト代は月に20万出す。」

「・・・って20万。」

「ああ、それだけ束縛するなら妥当だろう。もちろん、君のプライベートルームには

 特別な理由が無い限り私が入ることは無い。」

「特別な理由?って。」

「うーーん。不測の事態・・・ってとこかな。」



慧は考えた。家にいないなら親戚は来ないし

大学に車で通えるなら門のところでつかまることも少ないだろう。

とにかく、何かにつけて金をせびる親戚には嫌気が差していた。


慧は大きく息を吸い込むと男に頭を下げた。

「私は、佐伯慧と言います。慧と呼んでください。お話しお受けします。」

男は嬉しそうに微笑み手を差し出して言った。

「じゃあ、契約成立。君の部屋に案内するよ。」




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