眠る君へ捧げる調べ

       第1章 君ヲアイシタ記憶(現世編)−1−

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街の中を木枯らしが吹きぬける。

雪が混ざっている北の町を1人の若い男が歩いている。


ちょっと見は高校生だろうか?

若い男は、小さな喫茶店のドアを開けると待ち合わせのでっぷりした男が小さく手をあげた。

「ごめん叔父さん。バイトが遅くなって。」声もどこか柔らかい。

「いや。慧ちゃんあんまり待ったわけでないよ。

 そもそも、俺が急に電話かけたわけだし・・」

でっぷりした男は愛想笑いをしながら言う。

「それで、今日は何の用?」

小さく首をかしげて慧とが言う。

その姿は、かっこいいというよりも可愛らしい。


「俺・・車のセールスやっているんだ。だから、車買って欲しいんだけど。」

叔父の言葉に慧は大きな溜息をついた。

「買ってあげたいけど、俺には金が無いんだよ。」

「そんな・・お前には兄さん達のの保険金があるじゃないか・・・。」

「無いったら無い。」

慧はそう言って立ちあがるとポケットから千円札を出してテーブルの上に置いて

店を後にした。

「おい!!待て!!・・・この恩知らず!」

叔父の台詞は店のドアでさえぎられた。




慧は、とぼとぼ道を歩いていった。

何回も涙をこらえようとしたが、涙を頬がつたった。

「情けないな・・・。」

慧はそう言いながら手の甲で一生懸命自分の頬をぬぐった。




その時、後ろから声がした。

「大丈夫か?」

見ると、背の高い30歳くらいの男だった。

「だ・・・大丈夫です・・・。」慧は涙声で言った。

「君は、高校生か?」

慧は首を振りながら言った。


「もう成人しています。20歳です。」

「そうか・・・じゃあ、呑みに行かないか?」

「えっ・・・」

「もちろん、私が誘ったのだから奢るよ。」

男は慧の手をつかむとぐいっと引っ張った。



普段の慧なら、そこで断っているはずだ。

でも、その時の慧は違っていた。誰かに触れたかった。

そして、この男の手は大きくてとても温かかった。

慧は小さく頷くと、その男についていった。



男は、感じの良いバーに入って行った。

緊張する慧に男は微笑みながら言った。

「こういうところは、初めてなのかな?」

慧は真っ赤になりながら俯いた。


男は、にっこり微笑んで、甘いのは大丈夫かと聞いてきた。

よく見ると男の顔立ちはなかなかハンサムで精悍な顔つきをしている。

慧がコクリとうなずくと数分後目の前に青い色のカクテルが置かれた。


男に薦められるままに慧はそのカクテルに口をつける。

「おいしい。」慧がそう言うと男とその店のマスターが微笑んだ。

「口ざわりが良いからと言ってあんまり呑むとだめだよ。」

男は、そう言いながら慧の頭を撫でた。

「なんか、気持ちいいな。頭撫でられるの・・。」慧が嬉しそうに言う。


少し酔っているからついつい本音がでる。

「そうか?ならこれからはいつも俺が撫でてやるよ。」

「えっ。だってこんなにかっこいいもの、恋人や奥さんいるんでしょう?」

男は寂しそうに首を振った。


「俺には家族や大切な人はいない。」

「じゃあ、僕と一緒。」慧はそう言った。

「だって君は若いだろう?まだ20歳だろう?」不思議そうに男が言う。

「うん。両親は俺が8歳の時に亡くなったんだ。

 それから、父の姉の伯母さんに育てられたんだけど伯母も3年前に亡くなった。

 あとは、数人親戚がいるけど・・そのいないようなものなんだ。」

「そうか・・・それで・・今日は何で泣いていたんだ?」

慧は恥ずかしそうに俯きながら言った。


「今日、叔父に呼ばれて会ったんだ。そしたら車のセールスやってるから買えって。」

「そんな・・君はそんなにぽんと車を買える年でないだろう?」

「叔父は俺が両親の保険金と伯母の保険金があるのを知っていたからだ。

 本当は、もう無駄なのに。」

「それは、どういう意味なのかな?」


「俺は、大学の学費や必要だと思う分以外の金を全部寄付したんだ。」

「寄付?」

「うん・・。だって、保険金って命の金だろう?そんな金俺使えなくって。

 でも、父さん、大学まで出すのにお金貯めるからって言ってくれてたから

 だから、大学までは出たかったんだ。だから、ぎりぎりの生活費と学費だけ

 残して後は匿名で寄付したんだ。」

「差し支えなければどれくらい?」店のマスターが驚いたように聞いた。


「寄付した金は8千万くらいかな・・。それでも幾らかは手元に残っているんだ。」

マスターと男は驚いた顔をして顔を見合わせた。

「そうか・・・。」男は黙って慧の頭を撫でた。


「ああ。大きい手って好きだな。安心する。」慧はそう言うと目を閉じ男にもたれかかる。

なんだか、すごく安心したような気持ちになってそこで意識が途切れた。



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