君と僕らの三重奏

       第9章 血の繋がり −5−

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いつものように、放課後、自分の会社を訪れた樹珠愛が帰ろうとした時、

西條が入ってきた。

手に鞄を持っているのでもう帰るようだ。



「樹珠愛様、今夜は和道様が所用で遅くなられるとのことですから

 一緒に夕食でも食べて帰りませんか?」

「わあ!賛成。何食べよう?おすすめのお店ある?」


「私も和道様もいつも行くところが決まっているのですが

 女性社員がインド料理のお店を教えてくれたので

 そこに行きませんか?」

「行く!ちょっと用意してくるね。」

樹珠愛は、微笑むと更衣室の方に向った。


西條は、部屋にいた樹珠愛の秘書の橘の方に行くと小声で言った。

「樹珠愛様の夏休み期間、仕事はできなくなると思うから

 その予定で、いてくれ。君たちには、後できちんと

 詳細を話す。」


さすがに優秀なだけあって橘は余計なことを聞かずに言った。

「わかりました。樹珠愛様がいなくても滞らないよう前倒しで

 仕事を組みます。」

西條は樹珠愛が扉を開けるのを横目で見ながら、

「よろしく、頼む。」と言い、樹珠愛と一緒に部屋を出て行った。





「それでは、ジュリア様と共に帰国することはかなり難しいのですね。」

ジーンはぽつりと言った。

和道に衝撃的なことを聞いたジーンは、それも仕方がないと感じた。


そして、翠の死の真相をエドワードが知るとどんなにショックを受けるかと考えた。

和道は、樹珠愛の気持ちを考慮してくれたジーンに好感を持った。


「私は、あの時小さなジュリア様を御守りすると奥様と約束したのに

 助けて下さったのは、別の方なのですね。」

そう呟くジーンに和道が驚いたように言った。


「小さな頃の樹珠愛にあった事があるのですか?」

「ええ、ジュリア様がお生まれになり、初めて屋敷に来た時、私は7歳でしたので

 よく覚えております。

 旦那様もミドリ様も屋敷中の使用人も皆がジュリア様のご誕生を喜びました。」


「小さな時の樹珠愛は可愛かった?」

「ええ。本当に愛らしくて、黒い髪に美しい旦那様譲りの翠の目が映えて

 可愛かったですよ。小さなもみじのような手はそれはそれは愛くるしくて・・・。」

ジーンは懐かしそうに目を細めた。


「あいつにもそんな幸せな時があったんだな。」

和道が呟くように言った。


その優しい眼差しを見てジーンは少し救われた気持ちになった。

今まではどうであれ、ジュリアは今、隆道や和道そして西條に守られているのだ。


「和道様、お礼を言わせてください。

 ジュリア様を守ってくださいましてありがとうございます。」

ジーンはそう言って深々と頭を下げた。

「お礼を言われることは何もしていない。」



「いえ。言わせてください。もう旦那様もミドリ様もお礼を言えない。

 だから、その代わりに言わせてください。ありがとうございます。」

そう言いながらなおもジーンは深々と頭を下げた。



和道はクッと微笑んで言った。

「樹珠愛は、3歳までのことや事件以外のおやじさんや翠さんのこと

 あまり覚えていないと思う。樹珠愛と会ったら話してあげてくれないか。」

「はい。かしこまりました。」

ジーンは深々とお辞儀をしながらそう言った。







西條が連れてきてくれたインド料理の店はなかなか美味しかった。

樹珠愛が西條からもデザートをもらって頬張っていると西條は静かに言った。


「樹珠愛様、フィリップ様から聞きました。

 手術の執刀引き受けたのですね。」

「うん。いろいろ考えたけれど、やはり助かる命は大切にしたいと思ったの。」

樹珠愛はわざと軽い調子で言った。


「樹珠愛様。私達は家族なのですよ。

 そして、あなたはまだ16歳になったばかりなのです。

 まだまだ、無条件に家族に甘えて良いのですよ。

 家族というものは、直接解決ができなくても一緒に考えて

 支えあうものなのです。

 だから、私や和道様にもっともっと頼って構わないのですよ。」



樹珠愛は、その言葉を聞くと泣きそうな顔をして俯いた。


その顔を見て西條は立ちあがって優しく言った。


「もう、和道様もお帰りの時間ですね。

 家に帰りましょう。」

「うん。」

樹珠愛は、そう言いながら無意識に手を伸ばした。



西條は、微笑みながらその手を握った。

西條の手はとてもあたたかくて、それだけで樹珠愛は泣きそうになった。




 
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