君と僕らの三重奏

       第9章 血の繋がり −2−

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そんな静かながらも落ち着いた毎日は、1人の男の来日で終わりを告げることになる。


ある日、隆道と西條はイギリスから来た男ジーンと対面していた。

若い男ながら身のこなしがきちんとしている印象を受ける。

「遠いところをなぜ、いらしたのかな?」


隆道は経営者の風格を出しながらそう言うとジーンは口を開いた。

「ミドリ様のご息女、ジュリア様の消息を知りたいのです。」

「消息を知って何を?ジュリアは亡くなったのでないのかな?」

「いえ、生存なさっております。私どもも最近知ったのですが・・・。」

ジーンは言葉を選ぶように慎重に話した。


「どういうことだね?」

「昨年亡くなった、ディーン・マクスウェルの私的な金庫に

 誰かが彼に当てたジュリア様のお写真がたくさん見つかったのです。」


隆道と西條は一瞬目を見合わせた。

2人には誰がその写真を送ったのか想像がついた。



「そもそも疑問に思ったのはディーン様の遺言です。

 ディーン様の遺言には、子供のうちの1人が16歳になった時に遺言は開けられる。

 と書かれていました。

 ディーン様の子供はジュリア様とエドワード様だけです。

 しかもジュリア様が亡くなられているという認識のもとで考えると

 その遺言の書き方は不自然なのです。」

「確かに。」隆道が頷いた。



「今、マクスウエル家の実権を握っているのは、エリザベス・マクスウェル。

 ディーン様の後妻にあたる方です。

 しかし、彼女は自分の息子であるエドワード様をことごとく疎ましく思って

 いられるようで母親らしいことは何もしておりません。」


「血の繋がった息子なのに?」

「彼女に取ってマクスウエル家は只の金蔓であって

 息子ですら道具に過ぎないのです。

 その証拠にエドワード様は病弱で手術が必要な体でありますが

 十分な治療を受けさせず、彼女は16歳になるまでエドワード様が

 生きていると良いとすら思っているのです。」

ジーンは力が入って手をぎゅっと握り締めた。


隆道と西條は驚いてまた、目を見合わせた。


「それで、その子は大丈夫なのかね?」

隆道が聞くとジーンは頷きながら言った。

「ディーン様は、生前、私ども兄弟に内密に

 私的財産の一部を譲渡する形を取り、

 自分にもしもの時があったらエドワード様と他のことを頼むと言われました。

 なので、治療費はそこから出しております。

 今回、来日したのもエドワード様の手術の名医が日本にいると紹介されたからなのです。」



「そうなのか?ちなみにどこの病院かね?」

「東条病院のフィリップ・アルフォードという医師です。

 幸いエドワード様が入院している病院の関連の中で一番の名医ということなのです。」


隆道と西條は再び目をあわせた。

現東条病院の院長、フィリップは樹珠愛が経営する病院のひとつを任せられていた

ほどの医師及び経営者で東条病院を根本的に改革するために樹珠愛自らが

呼び寄せた人材だ。



「つかぬことを聞くがその子の病院はずっとそこだったのかね?」

隆道が聞くとジーンは首を振って言った。

「いえ、5年前にディーン様が急にホームドクターから病院に変えると言われまして・・・。

 ジュリア様の生存を知らせる写真もその頃から送られたようで

 3年前にぷっつりと連絡が途絶えているのです。」

隆道と西條はその言葉で確信した。


全ては樹珠愛の育ての親である20世紀最後の天才と呼ばれた男が

関わっていたのだということを。



「それで、樹珠愛を探し出したらどうするのかね?」

隆道は平静を装いながら言った。

「エドワード様が会いたいと言われております。

 ディーン様はエドワード様にとってかけがえの無い存在でありました。

 今、エドワード様は私と兄でお世話させて戴いております。

 しかし、正直に申しあげるとエドワード様は生きていることにあきらめている

 所もあるのです。

 日本に来るにあたり、エドワード様にジュリア様のご存命をお話ししたところ

 それは喜ばれ、それが生きる力になればと思いまして・・・。」



「君と兄上だけがその子の世話をしているとは?なら、あの美しい屋敷は?」

「私と兄以外の使用人は全て解雇されました。

 あの屋敷も維持費がかかるということで今は閉めております。

 調度品も売りに出されました。」

ジーンは辛そうに言った。



隆道は思わず唇を噛んだ。

自分も東条家の当主として義道からいろいろなものを引き継いでいる。

それは物質的なものだけでは無く、精神的な面で継いだものの方が多いし

そちらの方がむしろ大切だと隆道は考えている。


その心は、息子である和道にも少しずつ受け継いでいる。

それを考えると、幼い息子を残して亡くなったディーン・マクスウェルは

死んでも死に切れないだろうと思うのだ。


実は、以前からマクスウェル家の動向は調査をさせていた。

特にディーン・マクスウェルが亡くなってからの会社の状況は悪化の一途をたどっている。

翠も樹珠愛もいない今、東条グループが援助する必要はない。

むしろ倒産するならしても良いと静観していたところがあった。

しかし今、このジーンという青年を前にして心が動く。



「率直に聞かせて戴きたいのですが、

 あなたはエリザベス・マクスウェルという人間をどう思いますか。」

西條が口を開いた。

ジーンは、思わず西條を凝視した。まさかそのようなことを聞いてくるとは思わなかった。



一方西條もマクスウェル家の事情を知っていた。

目の前にいるジーン・マクスウェルとその兄ハリー・マクスウェルは

代々マクスウェル家に仕える執事の家系でディーン・マクスウェルが

亡くなった後、起業していることも知っている。


報告書には2人の人柄も申し分なく、事業も成功していると書かれていた。

しかし、西條にとって護るべき人は樹珠愛である。


なので、ここで、ジーンがエリザベス・マクスウェルを庇うなら

絶対樹珠愛に会わせないと心に誓っていた。


ジーンは息を吸い込んで言った。

「私の仕えるべき方はエドワード様です。

 そして、育児放棄も立派な虐待です。

 そのような方に嫌悪感は感じるものの好意を感じるわけはないです。

 むしろ・・・個人的には・・・憎しみさえ覚えます。」


そう語るジーンは信頼に値する人間だと思ったが

何よりも優先しなければならないのは樹珠愛だと2人は思った。


「私は、ジュリア・マクスウェルの消息を知っている。

 しかし、色々と理由がありすぐに呼び寄せるわけもいかない。

 君達の事情に彼女がどのような反応をするか、私にはわからないからね。」

「なら、せめて直接連絡を取らせては、いただけないでしょうか。」


「それを決めるのは彼女だ。ああ、東条病院のフィリップ・アルフォードは

 私も懇意にしているので、私からも連絡しておこう。」

隆道の毅然とした態度にジーンは頷くことしかできなかった。




 
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