君と僕らの三重奏

       第9章 血の繋がり −1−

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「樹珠愛、綺麗だよ。」

修吾は、そう樹珠愛に言うと車のドアを優雅に開けてくれた。


「修吾パパありがとう。栞さんが張り切って着付けてくれたの。」

樹珠愛は和服姿で微笑んだ。


修吾が樹珠愛の横に座ると黒い車は静かに動き出した。

車は、郊外の緑の多い道を走っている。



「ここは、佐々木家の別荘でね・・・母は今は本宅の屋敷から離れてこちらに住んでいるんだ。」

「それは寂しいわね。お父様は?」


「ああ、父は、昨年亡くなった。今は佐々木の家は兄が継いでいる。

 私の兄弟は4人長兄と末弟が佐々木家を支えている。

 私と慎吾は自分の道を選んで勘当されたしね。」

「まあ・・。」


「母は今年、この別荘に引っ越すことにしたんだ。

 気侭な老後を過ごすという事でね。

 それで、私も時々こちらに顔を出せるようになったんだ。

 何しろ、あまり人が来ないようだからね。」

「そうなんだぁ。」



車はこじんまりした邸の前で止まったので、修吾と樹珠愛は外に出た。

「お待ちしておりました。修吾ぼっちゃま。」

和服を来た妙齢の女性が玄関を開けながら修吾に頭を下げた。


「時江さん、久しぶりだね。こちらは、楠瀬樹珠愛。

 私の娘のような方だ。樹珠愛、こちらは高橋時江さん、

 小さな時から私達を可愛がってくれた方だ。」

「時江さんって、トキさんのことですよね?

 いつも袂に飴をいれて差し出してくれた?」

「まあ、修吾ぼっちゃま。そんな話をなさったのですか?

 最も、一番飴を差し上げたのは慎吾ぼっちゃまでしたが・・。」

時江は目を細めて言った。



修吾は切なそうに微笑んだ。

その話をしたのは自分でなく、慎吾だ。時江のことをトキさんと

呼んでいたのも慎吾だけだった。


修吾は、ぎゅっと樹珠愛の冷たい手を握った。

樹珠愛も慎吾のことを思い出しているようで、小さな声で

「ありがとう。修吾パパ。」と言った。




広い和室に通されるとそこには、和服姿の女の人が座っていた。

「まあ、修吾さん。あなたが女の子を連れてくることなんてないかと思っていたわ。」

その上品そうな女の人は修吾に向かってそう言った。


「お母様。ご無沙汰しております。こちらは楠瀬樹珠愛。

 訳あって東条隆道が後見人をしていて、私の娘のような存在です。」

「まあ、可愛らしいお嬢様ね。さあ、立っていないでこちらにお座りなさいな。」

修吾の母はそう言って座布団を勧めた。


二人が座るとトキが茶菓を持ってきてくれた。

「樹珠愛さんと言うのね。外国の方?」

修吾の母は修吾に聞く。


「樹珠愛はイギリスと日本のハーフなのですよ。」

「まあ、それにしては着物や日本の文化に造詣がおありなのですね。」

着物は一朝一夕で着こなせるものではないし、茶の嗜み方も知っている樹珠愛を

不思議そうに見て修吾の母は言った。


「私の育ての親が日本人なら覚えておくべきだと

 日本の文化や日本人の考え方を教えてくれました。」

樹珠愛は静かに言った。

「そうなの・・。」



しばらく、三人は雑談をして談笑した。

樹珠愛も少し緊張が解けたようで柔らかく笑っていた。


「ねえ、修吾さん。樹珠愛さんってずっと昔からのつきあいのような気がするわね。」

「お母様が言われることはある意味真実ですよ。

 樹珠愛は、血は繋がっていませんが、私達に近しいのですから。」



「修吾さん・・それってどういう意味。」

樹珠愛は、手帳に挟んできた写真をそっと差し出した。

その写真を見た修吾の母は驚いたように目を見開いた。


その写真には、キースと慎吾とまだ小さい樹珠愛が楽しそうに笑っていた。




樹珠愛から渡された写真を修吾の母はじっと見てポツリと言った。


「あの子は、誰とも和解することなく逝ってしまったのね・・・。」

樹珠愛の顔が泣きそうなのと、修吾が決まり悪そうに目を伏せているのを見て

慎吾はこの世にもういないのだと悟ったのだ。



「それでも、最期まで微笑んでいました。

 とてもとても嬉しそうに微笑んで逝きました。」

樹珠愛は、小さな声でそう言った。修吾は、黙って樹珠愛の手を握る。


「そう。あの子は佐々木の家を恨んでいたでしょうね。

 主人は、あの子がまだ大学に入ったばかりなのに全ての援助を打ち切ったのだから。」

修吾の母は、悲しそうに言った。


「いいえ。慎吾さんは恨んでなんかいませんでした。

 仕方がなかった。とも言っておりました。

 私が小さな時から慎吾さんから小さな時の話をたくさん聞いておりました。

 それには、お母様のお話もちゃんと入っていて、

 小さかった私はお母様が作る水羊羹というものを食べたくて

 慎吾さんを困らせました。」

「そう?あの子は兄弟で一番甘いものが好きだったわね。」

「ああ。紅茶に角砂糖6個入れて飲むのが好きでしたよね。」修吾が言う。



「やっぱり、昔からそうだったのですか?」

三人は顔を見合わせて笑った。

それから、しばらく三人は慎吾の話をして過ごした。



「樹珠愛さん、今度いらっしゃるときは、水羊羹こしらえますね。

 貴女は慎吾と修吾の娘なのだから私に取っては孫みたいなものですよ。

 私の孫は男の子ばっかりなのよ。だから、貴女が女の子なのがすごく嬉しいですわ。

 是非、またいらして下さいね。」

夕方、修吾の母は玄関の外まで見送りに出てきて何度も樹珠愛に言った。



それから樹珠愛は、ちょくちょく修吾の母の所に遊びに行くようになり、

茶道や華道、着付けなどを習うようになるのだった。


修吾は、電話で樹珠愛が来たことを嬉しそうに話す母の声を聞いて

落ち込みがちな母に気力が戻ったことを嬉しく思うのだった。




 
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