君と僕らの三重奏

       第6章 高校入学 −7−

本文へジャンプ


「樹珠愛、ごめんね。ついつい夢中になっちゃって。」

「ううん、そのかわりに上村さんにお邸案内してもらったから。」


樹珠愛がそう言いながら紅子にタオルを渡した。

紅子は、受け取ったタオルで汗をぬぐっている。

「お嬢、ますます強くなりましたね。」

上村がそう言うと紅子は少し俯いて「ああ。」と返事をした。



樹珠愛は、見事な桜をもう一度見て溜息をついた。

「本当・・綺麗だわ・・・。話を聞いていた通り。」

「話?」

「うん。私を育ててくれた人がね、『日本で一番美しい季節は

 春だよ。桜のピンクの花が街を彩るんだ。』って言ってたの。

 その意味がようやくわかったわ。」

樹珠愛の碧の目が、じっと桜を見つめている。




「なあ、お嬢?このお嬢ちゃんそんなに桜が好きならここで花見したらどうだい?」

上村が言うと紅子は樹珠愛に聞いた。

「樹珠愛?日本で花見した?」

「うん。この前、東条の本家で初めてしたよ。

 着物を着て琴を弾いたから少し緊張したなあ?」

「はあ?花見がことぉ?違う。とにかく、それは違う。

 よし、今日は紅子様が一般的な花見を教えてあげよう。

 真田、厨房に行き花見の用意を。

 上村、暇な奴に花見やるって声をかけて来て。

 さあ、樹珠愛。桜の下にゴザを敷くよ。」



紅子がそう言いながら大きな物置に行き、ゴザを探し出し

2人で桜の下にゴザを敷くと、靴を脱いでゴザに座って桜をみあげた。

桜の下から見つめる花もやはり美しいものだと樹珠愛は思った。

紅子は、隣で嬉しそうに桜を見あげる樹珠愛と散ってひらひら舞っている

花びらが一つの絵のようになっていると思った。



30分後には、がやがやと人が集まり、ゴザの上には重箱に入った美味しそうなものが並んだ。


「お嬢。酒如何ですか?」若い男が紅子に話しかける。

「お嬢は、未成年ですからいけません。」そばの真田が言う。

「ちっ。真田・・少しだけ・・。」

「だめです。」真田は紙コップにウーロン茶を入れ紅子に差し出した。


若い男達は元気が良く、一発芸なるものも飛び出した。

樹珠愛も楽しそうに笑い、お酌をする習慣が気に入り、

大きな一升瓶を持って男達に酌して回っている。

「樹珠愛って変わっているよね。」紅子がそう呟く。

「ええ。あそこまで物怖じしないとは私も思いませんでした。」

真田も言う。

「友達なんて、煩わしいと思っていたけどいいものだな。」

紅子の視線の先には、若い男に背中の刺青を見せてもらって

すごいすごいと手を叩く樹珠愛の姿があった。



夕方、紅子の家の前に樹珠愛の迎えの車が来た。

降りて来た人を見て樹珠愛が嬉しそうに駆け寄って行く。

いつものように高級そうなスーツに身を包んだ西條が微笑む。

樹珠愛の顔を見て楽しそうだと察した西條は

樹珠愛を車に乗せてから丁寧に紅子と真田にお礼を言ってから

車に乗り込んだ。

「あの西條さんが自ら迎えに来るのですねえ。」真田は車を見送りながら言った。

「そんなにすごい人なの?あの人。」

「あの人が堅気なのは、もったいないと親父さんがいっておりましたよ。

 とにかく、切れ者ですね。それに天才ですし・・。」

「天才?」

「18歳で大学院を出ているって話ですよ。」

「ふーーん。世の中にはいるんだね。そういう人が・・。」

この2人、それ以上が近くにいるなんてその時は知らなかった。




樹珠愛は、車の中で興奮しながら紅子の家での出来事を西條に話していた。

西條も刺青を見せてもらったという話には驚いたようだ。

しばらくすると車が停まる。

「東条病院?」

見ると東条病院の玄関に白衣姿の金髪が見えた。

西條が車のドアを開けてくれると、樹珠愛はその男目掛けて

走り寄った。

「フィリップ。」

「こんばんは。馬鹿娘。」

金髪の男は冷たそうに言った。


「フィリップ、まだ・・怒っている?」

樹珠愛は下から見上げながら言った。

「いえ。もう過ぎたことだしね。それに今回私を頼ってくれて

 嬉しかったよ。ほら、おいで。」

フィリップはそう言いながら両手を広げると

樹珠愛はその腕の中に飛び込んでいった。


 
   BACK  NEXT 

 Copyright(c) 2007-2010 Jua Kagami all rights reserved.