君と僕らの三重奏

       第6章 高校入学 −4−

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「おじいさま?私の入学祝いって?」

樹珠愛は横に座っている義道に聞いた。

「わたしは、ちゃんと樹珠愛に聞いたぞ。」

「えっ?」

週末は樹珠愛は本宅で泊まる事が多くなっていた。

樹珠愛の面立ちはどことなく宗輔に似ているので

義道が喜ぶと隆道が言ったからだ。

もちろん、和道と西條は樹珠愛が自分たちに気をつかって

いるのをちゃんと知っていた。

和道と西條が心配したのは樹珠愛の睡眠のことだった。

話を聞いた義道はダイニングとリビングの壁を取り払い、、

マンションと同じソファーベッドをそこに入れ大幅に改装した。

リビングの真ん中には宗輔のピアノも置かれた。

樹珠愛が来る日は、義道だけではなく、

隆道と修吾も一緒に夕食を取り

ピアノを聞いたりしてくつろぎ、眠るまでその部屋を離れないので

浅いながらもマンション同様に睡眠をとることができた。




「これって本宅に向かってない?」

義道はただ微笑んでいる。


しばらくすると車は本宅の大きな玄関に横付けに停まった。

3人が玄関に入って行くと、樹珠愛は女の使用人に囲まれた。

「樹珠愛お嬢様。準備いたしますので、こちらにどうぞ。」

使用人は、呆然としている樹珠愛を取り囲み奥の方の和室に連れて行く。

そこには、白地に茜色、橘色、ピンクと微妙にグラデーションがかかり

美しい刺繍が細かにされている振袖が掛けられていた。

「これは?」

「こちらは、翠様の振袖です。人間国宝の方が作られた一点物の振袖です。

 樹珠愛様は翠様と背丈も似てらっしゃるので。お似合いですよ。」

「お母様が着たのを見られたのですか?」

「ええ。私はお邸に入ってまもなくでしたが、こうしてお支度を

 させていただいたのです。それは、お綺麗な方でした。」

その時、部屋に栞が入ってきた。

「栞さん?」樹珠愛が不思議そうに見る。

栞も紺の和服姿だったからだ。

「はい。質問は後。樹珠愛ちゃん、座って。」

栞はそう言って鏡台の前に樹珠愛を座らせると髪型を整える。

「あの〜。宜しければ、こちらが翠様の小物のセットです。」

さっきの使用人の女が箱を栞にみせる。

「これは?」

「それは、旦那様が翠様に贈ったものです。」

「社長が?」

「ええ。翠様の誕生日に贈ったものだと聞いております。」

栞は鼈甲と珊瑚の簪を樹珠愛の髪に飾った。

「樹珠愛ちゃんのお母様は皆に大切にされていたんだね。

 ほら、綺麗だよ。」

栞はそう言って鏡越しに樹珠愛に微笑みかけた。

「本当、お綺麗です。」3人の使用人の女達も口々に褒める。

栞が出て行くと、使用人に手伝ってもらい振袖を着た。

終わった頃に和服を着た義道が来た。

「おお。すごい綺麗だよ。」義道は目を細めて樹珠愛をみて

そっと手を差し出した。義道もエスコートが上手だ。

義道は、広い廊下を抜けると普通の家サイズの玄関があり

義道の草履と樹珠愛の草履が並べられていた。

どうやら、そこは庭につながる出口らしい。

二人はそこで草履を履くと義道は静かに引き戸を開けた。

引き戸の向こうは豪華な日本庭園になっていて、

見事な枝垂桜が花を咲かせていた。

「おじいさま・・・綺麗。」樹珠愛は目を輝かせる。




桜の近くには紅い敷物が敷かれ、

和道・西條、隆道・修吾、栞・橘が座っていた。

皆が和服姿で和やかな雰囲気だ。

樹珠愛の姿を見て口々に綺麗だと言う。

樹珠愛が敷物に座ると義道が言った。

「思い出したかい?」

樹珠愛はコクリと頷いた。




−数日前−

「樹珠愛?今欲しいものは?」義道が聞いてきた。

「うーーん。買えないものはないからないなあ。」

「何かないかな。」

「物じゃないならあるんだけど。」

「何かな?」

「皆で花見がしたいなあ。花見ってしたことないし。」

「花見?」

「うん。おじいさま、隆道パパ、修吾パパ、和道でしょ、龍哉さんでしょ、

 栞さんや橘さんと一緒に桜みたいなあ。」


皆で、高級料亭の重箱をつつき和やかに話しをしていると

修吾が樹珠愛に聞いた。

「樹珠愛は、慎吾から琴習ってたかね?」

樹珠愛はコックリと頷く。

「じゃあ、一緒に爪弾こう。」

修吾は既に用意されていた和琴のところに樹珠愛を案内する。


庭に美しい琴の調べが流れる。

「しかし、樹珠愛の願いを叶えるのは大変だったな。」

義道が呟いた。

樹珠愛の願いを聞いたのは、本当に数日前。

本当は今日は、隆道はアメリカ出張。修吾は、札幌出張。

義道自身も大阪出張の予定だった。

栞もスケジュール調整に苦労したらしい。

「父様。わたしなんて、アメリカに4時間しかいなかったんですよ。」

隆道はそう言って溜息をつく。スケジュール上、アメリカ日帰りを

強行したのだ。

「それでも、良いではないのか。あの子は私たちにもこのような

 静かで楽しい時をくれたのだから。」

義道は楽しそうに琴を奏でてる樹珠愛をみて言った。




 
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