君と僕らの三重奏

       第6章 高校入学 −2−

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樹珠愛は、受付を済まし、指示された教室に向かった。

教室にはもう半分以上の生徒が適当な席に座っていた。

ほとんどが顔見知りらしく、話をしている。

樹珠愛は、教室に入ると後ろの窓際に座った。

教室を見渡すと男の人の比重が高いように思う。

「うわあ。可愛い子だねぇ。」

そんな声が聞こえて樹珠愛が目をあげると、少し背の高めな

女の子が樹珠愛に向かって微笑んでいた。

「はじめまして。私、蓑原紅子。」

「はじめまして。わたくし、楠瀬樹珠愛と申します。」

樹珠愛はそう言うと自然と手を差し伸べた。

紅子は、その手に手を重ねてにっこりと笑って小声で言った。

「普段そんな言葉遣いじゃないだろう?

 良かったら普通に話して。

 私も普通にさせてもらうよ。それに私紅子でいいから。」

樹珠愛も小さく笑うと

「うん。よろしく。紅子。樹珠愛って呼んで。」と言った。


「樹珠愛って外部生でメチャメチャ頭いいんだろう?」

「え〜〜。そんな頭良くないよ。少しは努力しなきゃいけないし・・。」

(※樹珠愛の頭の良い基準はキースです。)

「樹珠愛、それ本当にそう思ってるの。」

「うん。私を育ててくれた人メチャメチャ頭の良い人で、

 本とか一回ぱらっと読むだけで理解する人だったの。

 私は三回くらいは読まないと理解できないもん。」

紅子は、その話を聞いて大きく溜息をついた。

「樹珠愛、普通三回読んでも理解できないものだ。」

樹珠愛は、きょとんとした顔で紅子をみた。

「そうなの?」

(参ったな・・こいつは天然か?と・・言うかどこか危なげ?

 大丈夫か・・こいつこの学校で?)


紅子はそう思いながら樹珠愛の隣に座った。

「ねえ。このクラスなんで男の人多いの?」樹珠愛は不思議そうに聞いた。

「ああ。樹珠愛は外部受験だからわからなかったんだよな。

 ここの学校のクラスは外部受験なら入試、内部生は、前年のテストの総合順位

 で決められるんだよ。だから、A組は1番から35番という意味だね。」

「ふーん。そうなんだ。」


その時、生徒会の役員が来た。

「新入生の方は、ついてきてください。それから、加賀見さん。

 こちらが入学式の総代の挨拶です。読むだけだから大丈夫ですね。」

少し意地悪そうにその役員が言ったのに紅子は眉をひそめた。


外部受験で主席、しかも女。

それは蒼明学園始まって以来の出来事だ。

それを面白く思っていないものは、大勢いる。

しかも、樹珠愛は、特に名家とは関わりがないように思われる。

(何も無ければいいけれど・・・)

紅子はそう思って樹珠愛の後をついていった。



式は過ぎていき、新入生の挨拶になった。

樹珠愛は優雅な物腰で壇上にあがり紙を広げ、一瞬はっとした顔をしたのを

和道と西條は見逃さなかった。

樹珠愛は、何事もないように挨拶をはじめた。

それを聞きながら和道と西條は一層厳しい顔になった。

和道と西條の表情が柔らかくなったのは、ほんの一瞬、

樹珠愛が挨拶を終え二人と目を合わせた時だけだった。

式が終わり、新入生は教室に戻るように指示されたので樹珠愛が戻ろうと

した時、「樹珠愛?」と和道の声がした。


樹珠愛が和道をみあげると、「樹珠愛、新入生の挨拶の紙よこしなさい。」

と和道が静かに言った。

樹珠愛は、小さく頷きその紙を渡して心配そうに和道を見あげた。

和道は微笑んで見せて「じゃあ、また後でね。」と樹珠愛の頭に手をおくと

優しく頭を撫で、踵をかえした。



樹珠愛が振り向くと、同じクラスの人が驚いたように見つめている。

「樹珠愛・・・あんた、東条和道とどんな関係?」紅子が驚いたように小声で言う。

「和道?家族?」樹珠愛は、頭を傾げて言った。

「何その疑問系は?」

「あっ。関係は和道が大切な人ですって言えって昨日言われたんだ。」

「樹珠愛・・頭混乱してきた。教室いこっ。」

紅子はそう言いながら樹珠愛と教室のほうに向かった。


一方和道は、何事もなかったように父の名代としての役目をこなしていた。

他の理事が帰りはじめた時、和道は理事長に言った。

「くれぐれも楠瀬樹珠愛のことお願いいたしますね。

 私は生徒会にでも寄って後輩に会ってからおいとま致します。」



理事長は、「和道様。お父様によろしくお伝えください。」と年下の和道に頭を下げた。

和道は、廊下に出るとまっすぐに生徒会室に向かった。

部屋に入ると京野が嬉しそうな声をだした。

「東条先輩。来てくれたのですか?」

和道はああ。と答えてソファに長い足を組んで座って、京野に聞いた。

「今回 新入生挨拶の係り誰でした?」和道も外では敬語キャラに変身する。

「それなら、2年の副会長の大木です。」京野は大木を呼んだ。

「君が大木君ですか?私は東条和道と申します。」

大木は、驚いたように目を見開いて「はい。」と言った。

「そう。大木君。じゃあ、新入生の総代に挨拶の紙を渡したのは君?」

「はい。」



「外部生でどこの後ろ盾もない女に嫉妬したというところか?」

大木は、真っ青になった。

「そんな・・・。」

和道は樹珠愛から預かった挨拶の紙をテーブルに広げる。

紙は白紙で何も書いていない。

「変だと思ったんですよ。今日あの子がしていた挨拶は5年前私がした挨拶そのままでしたしね。

 いや昨日、新入生の挨拶を私もしたという話をしてこんな挨拶だったと話しをしておいたのですよ。」

にこやかに和道は言う。でも目は笑っていない。

大木は青くなって俯いている。

「まあ、今日は大木君が間違ったということにしておきますか。

 でも、楠瀬樹珠愛の保護者が私の父、東条隆道ということもお忘れなく。

 そして、彼女は私の大切な女の方だということも。」

和道はそう言うと立ちあがり、生徒会室を後にした。

真っ青に震えている大木の肩を黙って京野は叩いた。



 
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