君と僕らの三重奏

       第6章 高校入学 −10−

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「しかし、お洒落な空間だね。私の家とは違うよ。」

「そう?紅子の家も楽しくて私は好きだよ。」

「そうかな?あんまり考えたことないから。」

紅子は紅茶を飲みながらスコーンを頬張る。

「うん。皆が紅子のことを好きだって伝わってきたよ。」

「ありがと。そう言われると嬉しい。でも、怖くなかった?

 普通の人って雰囲気に呑まれると思うんだよね。」



紅子の家は関東を拠点にした広域暴力団『龍翔会』の本家なので

そう考えるほうが自然である。

「えーーーっ?全然怖くないよ。また、遊びに行ってもいいかな?」

樹珠愛は心底そう思っているみたいだ。

自分の家のことを明かして避けられることが多かった紅子にとって樹珠愛の様子は

かなり驚きだった。



樹珠愛の物怖じしない様子には紅子の家の者も驚いた様子で、

「お嬢、あの客人はまた来ないのですかね?」と聞かれることも多い。

人に厳しい真田も「お嬢、良い友達を持ちましたね。」と言う。



「それで、紅子は上村さんに告白したの?」いきなり樹珠愛が言い紅子は思わず紅茶にむせた。

「どう・・して?」紅子は樹珠愛に背中を叩いてもらいながら言った。

「紅子、上村さんのこと好きでしょう?」当たり前のように樹珠愛が言う。

あまりにも率直に言われ紅子は頬が熱くなるのを感じた。

「いや・・。」そう言ってもすでに説得力はない。

「告白しちゃえばいいのに・・・。」樹珠愛は紅茶を紅子のカップに注ぎながら言った。



「いや・・どうせ、私は上村と一緒になるんだ。」紅子はそう言う。

「一緒になるって?結婚するってこと?おめでとう。」

「おめでとうって・・・。そんな簡単じゃないよ。」

「簡単じゃないって?どういうこと?」

「要するに上村にとって私はあくまでも仕える人なんだよ。

 だから、そういう対象には思えないよ。きっと。」

「紅子、それは自分で難しくしているんじゃないの?」

「そんなことないよ。」

「ううん。大切なのは紅子の気持ちだと思うよ。

 紅子の好きだと思う気持ちを大切にしなきゃ。」



その時、「ただいま〜。」と言う声と一緒に和道が顔を出した。

「ああ。確か蓑原さんだよね。いつも樹珠愛がお世話になってるね。」

紅子は驚いたように和道を見た。

入学式に学校で会った時とキャラが違う。

普通の大学生という雰囲気だ。

樹珠愛は和道の頬にキスをすると、和道もキスを返して

隣の椅子を指して「座っていいかい?」と紅子に聞いた。

紅子が頷くと和道はそこに座り樹珠愛の作ったクッキーをつまんだ。

樹珠愛はカップを持ってくると熱い紅茶を注ぐ。



紅子は、樹珠愛に「和道さんと樹珠愛って恋人?」って聞くと二人は顔を見合わせて

笑って言った。

「そう見えるかい?」和道が言う。

「ええ。だって樹珠愛のこと大切な人だって入学式の時伺ったので・・。」

「ああ、大切な人だよ。樹珠愛も俺のこと大切だよね。」

「ええ。和道は大切な人だよ。」

「じゃあ、恋人?」紅子はまた聞いた。

「紅子、大切な人は1人じゃなきゃいけないの?」樹珠愛が聞く。

「えっ?」紅子は不思議そうな顔をした。

「私は、大切な人はたくさんいるよ。和道もその1人。

 そして、紅子も大切な人リストに入っているよ。」

「樹珠愛はね。海外生活長いから、大切な人とはキスするものだと思っているんだ。

 だから、俺らにはいいけど学校ではそうしない方が良いってアドバイスしたんだよ。

 アドバイスしなきゃ蓑原さんにもキスしているよ。きっと。

 それに樹珠愛の基準考えると気持ち楽になるでしょう?」

和道は微笑みながらそう言った。

「大切だと思える人が周りにいてすごく幸せ。

 和道も大切だから大好きだし、紅子も大切だから大好きだよ。」



樹珠愛の言う大好きは恋愛感情じゃないのかもしれない。

それでもそう言える樹珠愛が紅子にはまぶしかった。

和道はすごく優しい目で樹珠愛を見つめた。

それは、外では決して見せない顔だ。

「蓑原さん、樹珠愛の言うことは一理あると思わないかい?」

紅子は、黙って頷いた。



それからしばらく話をして紅子は樹珠愛のマンションに迎えに来た車に乗った。

珍しいことに真田ではなく上村が乗っている。

「お嬢、楽しかったですか?」

そう聞く上村に紅子は樹珠愛の話をした。

「そう・・思って考えたら、上村のことも大切だと思った。」

紅子は最後にそう付け加えた。

上村は、今まで見たことのないくらい優しく微笑んで言った。

「お嬢。私もお嬢のこと大切に思っていますよ。」

紅子は恥ずかしくて外の景色をみるふりをした。

それでも、心はすごく暖かった。




 
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