君と僕らの三重奏

       第5章 道具としての天才 −3−

本文へジャンプ



「伯父様?」樹珠愛が話しかけたのは隣の隆道だ。

「なんだい。」

「いくら補助金が出ていても経営というのはこのようなものなのですか?」

抽象的な質問だが隆道はその意図がわかった。

「確かに問題があるな。」隆道はそう認めた。

「伯父様は何パーセント保有しているのですか?」

「40だな。」

「なるほど・・。」

西條は、ノートパソコンを操作して樹珠愛に目で合図した。

樹珠愛は自分のノートパソコンを開くと西條からメールが

届き、資料の閲覧場所がリンクされていた。

樹珠愛は、その資料をさらっと見てパソコンを閉じた。

「それでは、私に何を求めていらっしゃるのですか?」


樹珠愛が聞くと院長は猫なで声で言った。

「あなたのなさりたい事なら何でも・・。」

あきらかに媚を売ろうとしている。しかし、院長は樹珠愛の本質の怖さに気づいていない。

「まず、結果から申しあげると、そちらの病院には勤めることができません。

 一番の理由は私は医師免許があるとは言っても海外の免許ですし、先日は

 緊急だったので考える余裕もありませんでしたがやはり、勤務医として働くには

 日本では年齢で経験の低さが現れるものでしょうから無理があると思います。

 次に、私は4月から高校に通う予定です。なので、時間的に無理があります。」

「そんな・・高校など通わなくてもよろしいでしょう?」

「それは、私も薦めたことだ。」隆道が口をはさむ。

それを言われては院長も太刀打ちができない。隆道の意に反することは

分家といえども破滅の道をたどるからだ。



「父さん・・やめて下さい。」裕也が静かに言った。

「いや・・・それでも納得できない。」院長がつぶやくように言った。

「じゃあ、話を変えましょう。私がそちらの病院に行くことで

 どのくらいの利益を病院にもたらすか考えましたか?」

「いや・・・。」

「つまり、貴方は私の経歴や技術でなく唯の意外性で私が欲しいと言うことですよね。

 しかも、隆道伯父様に頼めばなんとかなると思っていたのではないのですか?」

樹珠愛の言っていることは図星だ。

「あの病院は、新しい設備もそろっているし、スタッフも優秀だと思います。

 しかし、利益が伴わない。これは経営責任だと思うのですが・・ねえ、伯父様。」

「ああ。他の会社なら容赦しないが私のホームドクターだったし、利益が出ないといっても

 赤字ではないので黙っていたのだ。」

「そもそも、私の医師としての経歴はある程度探せたはずなんですよ。

 そして、それを知っていたのなら自分の病院に引き抜こうなんて考えは浮かばないはずです。」

「どうしてだい?」隆道が聞く。

「だって、海外にある病院5つの経営に参加しているから。

 つまり私は勤務医じゃなく、自分の病院があるの。

 それで、伯父様に提案なのですが、私の病院の中でも一番優秀な

 医師を東条病院に招き、そうですね。向学心がありそうな

 裕也様にでも経営と技術を伝授すると言うのはいかがですか?」

「そんなに優秀な医師がすぐにくるのかね?」

「ええ、要請すると一週間で来ると思います。

 裕也様、私の技術を身につけるよりも彼に教えを請うほうが

 良いと思いますよ。もし、伯父様が宜しければすぐに連絡いたします。」


「じゃあ、院長には経営責任を取って退任して戴き、

 裕也には、副院長にでもなってもらおう。

 そして今、呼び寄せる医師に院長になってもらう。」

きっぱりと隆道が言った。


院長は真っ青な顔でわなわな震えた。

まさか自分がここで切り捨てられると思わなかったからだ。

「いろいろな報告は、届いているのですよ。」

西條は、机の上に報告書をのせていった。

それは、院長がやった悪事が書かれているようだ。

出どこはまさに隣に座っている裕也だが・・・。

「東条家分家の当主も引退したほうが良さそうだな。

 これで許すのを有難いと思いたまえ。」

隆道は鋭くそう言った。




院長と裕也は西條に送られて社長室を出た。

院長は、西條に最後の望みを託して言う。

「その・・何とかならないかね。君はあの子の保護者のようなものじゃないか?」

西條は、真正面から院長を見つめた。

その視線は凍るように冷たい。


「院長。樹珠愛様はあの話に至るまで何度も逃げ道を作られました。

 私ならそうしませんがね。そして、天才を道具として扱うものは

 私は許せない。そんなことを言っているより先に、帰って引き継ぎを

 なさった方がよろしいかと存じます。」

院長の顔色は今度こそ真っ白になった。

西條龍哉。18歳でアメリカの大学院を卒業した男。彼も天才と呼ばれた

男である。西條は、独り言を呟いた。

「塩でもまきたいところですよね。」

彼の辞書には、容赦という言葉は存在しない。



 
   BACK  NEXT 

 Copyright(c) 2007-2010 Jua Kagami all rights reserved.