君と僕らの三重奏

       第5章 道具としての天才 −2−

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橘は西條の電話をすぐに樹珠愛に繋げた。

「はい。電話かわりました。楠瀬です。」

「西條です。樹珠愛様お疲れ様です。」

「西條さんこそ、お疲れ様です。何かございましたか?」

「大変申し訳ないのですが、社長室にお越しいただけませんか?

 樹珠愛様とビジネスとして話したいという方お見えですが

 正直、無駄足です。」

「無駄足と言いながらも電話するにはわけがあったのでしょう?」

「ええ。来ているのが東条病院の院長と外科部長の裕也。

 話しているうちに社長は笑みを浮かべたまま激怒していますし

 私もこう腹に据え兼ねましたので、

 樹珠愛様にとどめを差して戴きたいのです。」

「ああ、事情はわかりました。着替えてから参りますので

 15分くらいお待ち戴けますか?」

「わかりました。それと樹珠愛様、なにかありましたら、すぐに頼ってください。

 まあ、必要のないことでしょうが・・。」

「ありがとう。龍哉さん。隆道さんに仲の良い伯父バージョンでと伝えてください。」

樹珠愛はクスクス笑いながらお礼を言い電話を切った。


きっかり15分後、樹珠愛は社長室に現れた。

紺色のスーツを着てノートパソコンを小脇にかかえている。

社長は立ちあがって樹珠愛を迎えた。

「よく来てくれたね。樹珠愛。」

「隆道伯父様、先日はありがとうございました。」

樹珠愛はそう言いながら、隆道の頬にキスをすると隆道もキスを返し

ハグをする。

「樹珠愛、私の隣に座りなさい。」隆道はそう言って樹珠愛を椅子までエスコートする。

東条家の当主、東条隆道。

常に冷静な判断で東条グループを統率し繁栄させてきた男。

生活感がまったくなく、ゲイとさえ噂されている男(実際本当の事だが・・)

その男が優しい微笑を零すなど誰も想像できない。

それだけで、院長と裕也は硬直した。

「なんでも、私にビジネスのお話があると伺って来ましたが・・。」

樹珠愛はにっこりと隆道に笑いかけて言う。

「あの、こちらが東条家分家の一つ東条病院の院長と裕也君だ。

 裕也君は知っているね。」

「はい。先日お会いいたしましたわ。」

「ああ。それで、先日の樹珠愛の手術を見て東条病院にスカウトしたいとのこと

 だが・・・。」

「はい。是非、私どもの病院でたくさんの命を救って欲しいのですよ。」

にこやかに院長は言う。

「そうですか?だからビジネスのお話しなのですね。

 まず、私まだ15歳なのですよ。この年で日本の病院には勤める環境あります?」

「それは・・なんとしても・・・環境は整えます。」

「具体的にどのように?」

「その設備でも何でも・・仰せの通りに・・。」

「そうですか。それでは、私と主治医契約をしている家族が5家族おります。

 正直、その方達で私の医師としての業務はいっぱいなのですよ。

 スケジュールの調整はそちらで?」

「はい・・もちろんです。何でしたら日本にその方々を呼ぶこともできますし

 当病院に転院なさることも可能です。」

樹珠愛はそこで小さな溜息をついた。





「ところで、裕也様も同じ用件でこちらにいらしておるのですか?」

「いえ。私は・・・ただ、貴方の技術に興味がありまして。

 メスさばきとはいかないままにももう少し自分の腕をあげたいと思いまして。」

裕也は緊張しながらそう言った。

「それならば、裕也様の用件は別件ですね。」

「はい・・そう思っていただいて結構です。」裕也は隣の父親をちらっとみて言った。

裕也は、元々この隣に座っている父親が苦手だった。

今の東条病院は、本来の病院の姿ではないと裕也は思う。

だから、西條とコンタクトを取って自分の父親に関する書類は渡している。

しかし、裕也自身は根っからの医者で経営者に向かないのが悩んでいるところなのだ。

だから、こう座っていても隣の父親のことはあんまり気にもかけていないのが

正直なところだ。



「まず、裕也様のお話に関する答えですが、私の技術を継承するのは難しいと思いますよ。」

「なんで・・・それは?」

「う・・ん・・具体的に言いましょうか?院長様も裕也様も専門外科ですよね。

 じゃあ、右手首がどのようにできているのか書いてもらえますか?」

西條が紙を持ってきて二人の前に差し出すと二人はしぶしぶそれに大雑把に書きはじめた。

「それでは、私も書いてみましょう。」

樹珠愛はそう言いながら、サラサラペンを動かす。

5分後にはそこに人体模型のような精密なものが書かれていた。

「これに血管の動き、神経の動きが加味されるわけですよ。

 それを全て覚えなければ私が継承した術式はできません。

 私も必死で覚えて数ヶ月前に完璧なものにしました。」

「つまり、貴方は人間の全身においてこれを覚えているわけですね。」

裕也は驚いたように言うと樹珠愛はコクリと頷いた。

やはり目の前の少女は天才なのだ。裕也は少女の言う意味がわかった。

隣の院長は額に嫌な汗をかいていてしきりにハンカチでぬぐっていた。

「さて、ビジネスのお話しましょうか?」

樹珠愛は院長に向かってにっこり笑ってそういった。


 
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