君と僕らの三重奏

       第5章 道具としての天才 −1−

本文へジャンプ


橘と樹珠愛はいつも一緒に行動している。

社内で橘は優秀だと有名だったので

樹珠愛は橘の部下で新規プロジェクトの為に

雇われた女だと社内では思われていた。

何しろ、本社ビルは大きなビルで何十社もの関連企業の

オフィスが入っているので自分に関連のない部署や会社まで

覚えようとする者はそうそういない。



樹珠愛が会社に出勤すると自分のデスクの上にデパートの包みと

小さな袋とカードがのっていた。

樹珠愛は不思議そうに橘を見ると橘が微笑みながら言った。

「ああ、それは本社の第2営業部の社員の家族が持ってきたものですよ。

 ほら、事故の時に樹珠愛様が手当てをなされた方で、お医者様に

 救急処置が良かったから助かったと説明をうけられたそうで、

 そのお礼とのことです。」

樹珠愛は丁寧に包装紙を開けるとハンカチの詰め合わせがでてきた。

小さな袋はクッキーで、カードには子供の字で

『パパをたすけてくれてありがと。』という言葉の下に

主人を助けてくれてありがとうございました。クッキーは娘と焼いたものです。

どうぞお食べください。と母親のものらしいメッセージがあった。

樹珠愛はそのカードを橘にも渡し、

「一緒に食べましょう。」とそのクッキーを開けた。

クッキーを頬張りながら樹珠愛は言った。

「どんなものよりもこういうものが一番嬉しいわね。」

それを聞いて橘は微笑みながら言った。

「そうですね。樹珠愛様、申し訳ありませんがこちらの書類目を通してください。」

そう言って普通の人なら3日はゆうにかかる書類をデスクに積み上げた。

「はいはい。」コーヒーを飲みながら半ば片手間に書類を見て判を押す。

時には傍らのパソコンをいじり、書類に関する質問点を担当者直にメールをする。

厚い書類は、1時間もしないうちになくなった。

その時、社長室から内線がかかった。




遡ること30分前 本社 社長室。

そこには社長である東条隆道と秘書西條が2人の男と向かいあっていた。

隆道の方が上座に座り西條は後ろに控えている。

「東条病院の院長が何用ですか?」

隆道が静かに聞く。本家と分家。東条家でも本家が絶対を誇り分家が

口を出すことは許されない。しかし東条病院は、本家の主治医も兼ねているので

わりと発言権がある。

東条病院の院長の隣には外科部長で息子の裕也も座っている。

「いや〜。先日本社の前で事故があった時、手助けしてくれた女医さんに会って

 お礼を言いたいと思ってね。」

院長は、軽い調子で言う。

「会ってお礼をいうほどのものでもないでしょう?」隆道がそう言う。

「私も、あの手術をビデオで見せてもらったが、すごい技術力だったよ。

 彼女は何者かね?」

隆道はするどく裕也を見つめた。

「あの事故は君が執刀したのではないのかね?」

「あの事故は確かに私が執刀しましたが、私だけではとても助けることができませんでした。

 その後、首都高での事故で患者が運ばれて来たので彼女に執刀を頼みました。

 私は無理だと判断したのですが、彼女が助かると断言したものですから。」

決まり悪そうに裕也が言った。

「あの、技術力は素晴らしい。どこの病院にいる女医さんなのかね?

 是非うちに引き抜きたい。あの才能は医療界の財産だよ。」

その言葉に西條の表情が少しだけ硬くなった。

隆道は溜息をつきながら言った。

「もし、彼女が未成年ならあなたはどうしますか?」

「未成年でも構わないよ。そんなに天才なら我が病院の絶好の広告塔になる。

 多少高くても引き抜きの費用は払うつもりだ。」

院長は熱く語った。その隣で裕也は「父さん。」と小さく言って嗜めようとした。

隆道の表情は冷めていた。

「貴方は確か大学の教授も兼任していましたね?」

「ああ。そうだとも。」院長は偉そうに言った。

「なら、そんなもの辞めたほうが良い。貴方は教育者ではない。」

「何を・・・。」院長は怒りでふるふる震えた。

10歳以上年下の隆道に言われたのが癪に障った。

「まあ、良いでしょう。西條如何致しますか?」隆道は後ろに控えていた西條に言った。

「ビジネスと言うならば、本人に交渉させましょう。」

涼しい顔で西條が言うと隆道はふっと笑った。

「な・・なんで・・秘書などに・・。」院長が声を荒げて言う。

「いや・・。彼女はまだ未成年だからね。西條は彼女の保護者のようなものだからね。」

隆道は何事もなさそうに言う。

院長は驚いたように西條を見て言った。

「ならば・・西條君・・・。」

「確かに私は、彼女の保護者のようなものです。しかし、彼女のビジネスチャンスをつぶす気はない。

 だから、院長がビジネスとして交渉なさるのなら彼女を呼べばいいと思います。

 実質、彼女は主治医契約している方たちもいるわけですしね。」

「じゃあ、すぐに呼んでもらおう。」

「なあ、西條・・・。」隆道が言った。

「社長、何ですか?」

「ほら、あの子はまだ15歳だ。」

その時院長が言った。

「15歳とは、素晴らしい。是非呼んでくれ。」

院長をちらっと見て西條が言った。

「問題ありません。すぐ呼びましょう。

 今、呼んで参りますから。」

そう言うと西條は社長室を出ていった。


 
   BACK  NEXT 

 Copyright(c) 2007-2010 Jua Kagami all rights reserved.