君と僕らの三重奏

       第4章 本家 −4−

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樹珠愛達が離れに行った時、残された3人の間には微妙な空気が流れていた。

隆道と修吾は和道が15歳になった時一緒に暮らしはじめ、

それに抵抗するように和道は、16歳の高校入学と同時に

側役の西條を連れて以前暮らしていたマンションで暮らし始めた。

西條は和道のことを想っていたが、それを外には出さなく

ひたすら側役としての責務を果たしていた。

和道が18歳で大学に入学した時、和道の方から西條に告白をし、

今に至っている。

和道が本家に来ることはほとんどない。

正月やお盆、決められた時に仕方なく来て泊まらずに帰るだけだ。

隆道とも呼ばれて行くだけで自分から会いに行くということもない。

また、隆道も和道に愛情を持っていたがどのように現していいのか

うまく表現できなかった。

隆道の父義道が楠瀬宗輔を伴侶に迎えた時の複雑な気持ちを

和道も感じているのを知りながらもついつい和道をからかって

怒らせてしまうのだった。


和道は、座りなおすと隆道に向かってまじめな顔で話を切りだした。

「お父様、話があります。」

和道がお父様と呼びかけることは本家から出て行って初めてだった。

隆道もきちんと座りなおす。

「私は席をはずしましょうか?」修吾が言うのを止めたのは和道だった。

「修吾さんにも聞いてほしいです。」

和道が面と向かって修吾さんと言うのも初めてだった。

修吾が隆道を見ると隆道は安心させるように小さく頷いた。

和道は息を吸い込むと話しはじめた。



「俺は、小さな時から孤独だった。使用人はいつも俺の顔色を見ている。

 友達になりたいって言う奴には、東条の権力が狙いという奴もいた。

 俺は、その時はわからなかったけど、お父様に甘えたかったと思う。

 それでも、10歳の時から俺には西條がいた。西條は、いつだって

 公平な目で俺を見て、褒めてくれたり、本気で叱ってくれた。

 でも、俺がたぶん見ていたのはお父様だ。そして、お父様の背中だけ

 しか覚えていない。俺を真正面に見て両手を広げてくれたのは西條だけだ。

 それで、15歳の時、修吾さんが来た。その時、俺は正直どうしていいのかわからなかった。

 それは、男同士愛し合っているというショックではなくて、

 お父様が真正面で修吾さんを見つめているというのがショックだったと思う。

 俺は、自分が傷つくのが嫌でここから遠ざかっていた。

 でも、今朝、樹珠愛に言われて俺は目が覚めたんだ。

 お父様がいたから、修吾さんがいたから、俺は龍哉を愛することができた。

 お父様達を否定することは、龍哉を否定することだと樹珠愛に言われて

 俺は気がついたんだ。なんだかんだ言ってもやっぱり俺はお父様に甘えている。って。

 樹珠愛が両親がいないってことは言える人がいないんだよって泣いていて

 俺は自分が恥ずかしかった。俺は龍哉がいるから、充分幸せだよ。

 だから、お父様も・・・。」



和道は自分自身でも何を言っているのかわからなくなっていた。

その時、暖かい手が和道の頭を撫でた。

「ごめんね。和君。私も弱かったのよ。和君のまっすぐな目は

 私を見透かされているようで怖かったの。

 でも、本当は私自身が怖かったのね。でも、私これでも

 和君のことは大好きなのよ。もし、和君が困って、西條にも

 言えない事があったら、一番最初に相談して欲しいと思っているのよ。

 和君はいつまでも私の子なんだからね。」

和道が隆道をお父様と言うのが5年ぶりだったように

隆道が和道を和君とからかいでなく呼ぶのも久しぶりだった。

「すっかり、大人になったのね。」

修吾は自然な様子で隆道の肩を抱いた。




その時、ピアノの音が聞こえた。メンデルスゾーンの狩の歌。


「宗輔さんのピアノだわ・・。樹珠愛ちゃんが弾いているのね。」

隆道が呟いた。樹珠愛のピアノは何だか優しい音色だと和道は思った。

狩りの歌が終わった後、今度はドビュッシーの月の光が流れた。




今度の音は、さっきのピアノの感じと違う。

「まいったな。」そう呟いたのは修吾だ。

隆道は不思議そうな顔をした。

「この曲はね。慎吾が好きで弾いていた曲で、樹珠愛ちゃんが天才って

 意味がわかったよ。弾き方が慎吾そのままだ。」

修吾はせつなそうな顔をしてピアノの音色の方に顔を向けた。


 
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