君と僕らの三重奏

       第1章 君と僕らの出会い −4−

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「社長、お呼びでしょうか?」

出社してすぐ西條は社長に呼ばれた。

「ああ。西條、樹珠愛はどうだったかね?和道はまだ、反対しているのかね?」

「いえ。和道様は樹珠愛様を受け入れました。

 明日にでも、大学の講義が終わった後に樹珠愛様にこの会社を案内すると

 張り切っておりました。」

「そうか。それは良かった。」

「社長は樹珠愛様をなぜ呼び寄せたのでしょうか?」


社長は、西條の顔を見あげて言った。

「西條は、キース・バートンのことを聞いたか?」

「ええ。実は・・。」

西條は、昨日から今日の朝の説明をした。

社長は、西條の話を聞いて大きく笑った。

「そうか・・・私も聞いてみたかったな。樹珠愛のきゃーを。」

「なぜ、社長は樹珠愛様のことを知っているのですか?」



「それは、キース・バートンが樹珠愛のことを定期的に報告してくれたからだ。」

「えっ?」

「樹珠愛の母、翠は私の義理の妹でマクスウェル社の御曹司ディーン・マクスウェルと

 恋に落ちイギリスへ渡った。

 ディーンは翠と結婚し、次の年に樹珠愛が生まれた。

 2人は本当に愛し合っていて、私もイギリスにいくたびその邸に泊まったものだ。

 しかし、樹珠愛が4才の時に翠と樹珠愛が街に出ているとき強盗に襲われて死んだ。

 と連絡が来た。ディーンはそれはそれはひどい落ち込みようで

 本当に2人を愛していることが伝わってきた。

 しかし、彼は弱い男だったのだろう。

 その半年後、秘書であった女性と結婚した。

 キース・バートンが来日して私に面会を求めてきたのはその数ヵ月後だった。

 その時は私も驚いたよ。あのキース・バートンが会いに来てくれたのだから。」



キース・バートン。20世紀最後の奇跡と呼ばれた男。

8歳でアメリカの大学院を卒業し、優秀な外科医でありながら

ある日医者をやめ、投資家になった。

しかし、彼が有名なのはその話からだけではない。

理工学に興味を持った彼は有名大学の大学院を異例のスピードで卒業し

博士号を取りながら数々の特許をとりプログラマーとしても名を轟かせた。

多くの国の機関のプログラムや大会社のプログラムにはキースの作ったものが多い。

キースの名は一つのブランドのようになっていた。

しかし、その分狙われることも多かった。

キースさえその気なら、簡単に武器や軍事プログラムを作ることができることに

目をつけた者は多かった。だから、彼は1箇所に留まることはなく、表にもあまり姿を現さなかった。



「キースは、翠の死の真相を私に伝えた。

 真相はこうだ。翠と樹珠愛が襲われたのは強盗ではない。

 秘書でディーンの妻に納まった女の雇った男に射殺された。

 しかもその男は翠と樹珠愛のSPだった。

 男は「すまないね。奥様。ベスの望んだことだからね。」

 と言ったそうだ。近くで撃たれたから樹珠愛の体には何箇所も弾が残っていた。

 そばを通りかかったのがキースでなければ助からなかったと言っていた。」



「壮絶ですね・・。」西條が呟いた。

「体の傷より、樹珠愛の心の傷を治すのが大変だったようだ。

 私は樹珠愛を引き取ろうと言った。

 しかし、キースは首を振った。

 ようやく精神的に安定したあの子を動かしたくない。

 それに、ディーンが生きている今、樹珠愛を引き取ることはできないはずだと。」

「それで、キースは樹珠愛様を引き取ったのですか?」

「ああ。キースが言うには樹珠愛はキースの病気を治してくれたそうだ。

 彼はあの子を愛していたのだろう。」

「社長は、なぜ会ったばかりのキース・バートンに樹珠愛様を託すことができたのですか?」

「キースには定期的にあの子のことを報告してもらえるよう頼んだ。

 そして、私が最も彼を信頼していたのは、彼の伴侶は佐々木慎吾、

 修吾の最愛の弟だったからだ。」

「樹珠愛様の言う慎吾様は修吾様の?ああ、それで納得がいきました。」

佐々木修吾。今は東条修吾になっている。

立場は和道の義兄。しかし彼は東条コーポレーション社長。東条隆道の伴侶で

5年前に養子縁組をした。ちなみに今は東条グループ傘下の東条建設の

社長としても活躍している。



「ああ。修吾が佐々木家で唯一認めている存在が慎吾君だった。

 彼は、実はインテリアデザイナーのSHINなのだよ。

 西條も知っているだろう?

 そして、キースは彼の伴侶だ。

 下手な東条の親戚筋よりよっぽど信頼を置けるだろう?

 そしてキースはあの子に自分の持てる全てを教えるといっていたよ。」

「それを樹珠愛様は吸収したのですか?」

「それは、わからない。でも、樹珠愛の報告が途絶えてもう3年になる。

 恐らく、キースが死んでそのくらいになるのだろう?」

「ええ。樹珠愛様はそうおっしゃっていました。同時に慎吾様も・・。」

「慎吾君も?じゃあ・・・あの子はたった1人で3年も暮らしていたと言うのか。

 キースの仕事は半年前まで続けられていた。プログラムを作ることはなくなったが

 メンテナンスは以前どおりに行われていた。我が社のプログラムもだろう?」

「そうですね。」

「この3年。キースの代わりにそれをやれる者は1人しかいない。

 そして、ディーンが亡くなったからこそ樹珠愛も私に連絡したのかもしれないな。」

「樹珠愛様の目的は何なのでしょうか?」

「私には学校に通いたいと言ったよ。」

「可愛い子ですよ。」そういう西條の目は優しかった。

社長は意外そうな目で西條を見た。西條が優しそうな顔をするのは和道だけだったからだ。

「ああ。会うのが楽しみだな。」社長も嬉しそうに言った。

 
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