眠る君へ捧げる調べ WEB拍手お礼編
  
  
   食べる時の心構え
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テリオは、今日も慧の昼食を給仕するために

厨房に顔を出した。

「龍妃様の昼食取りに来ました。」

「ああ。テリオ。用意できているよ。本当にこの量でいいのか?」

厨房の料理長であるシャリフは心配そうにテリオに言った。


ワゴンの上には小さな皿に少しずつの料理が盛られている。

「全部食べてくれるのは嬉しいんだけど本当に残った食材

 俺達が食べて良いのか?」

「ええ。龍妃様は、龍王様だろうが龍妃様だろうが

 貴族だろうが必要な分だけ調理して余った食材は皆でわけるように

 言われておりました。」

「今までは、龍王様や龍族、人の貴族様のものは

 折角作っても余ったものは全て捨てていたからな。

 普段口にできない食材を食べれるのは我々も

 勉強になって助かるが・・・。」

「そうだ。料理長直々に聞いて見られたらいかがですか。

 ちょうど、龍妃様は1人で昼食なさりますし・・・。

 是非・・・。」

「いやいや。」

テリオはにっこり微笑むとシャリフの腕を掴み

ワゴンを押しながら慧の部屋に向かった。





慧の執務室に入ると慧は書類から目をあげてにっこりと

微笑んだ。

「龍妃様、お昼ですね。休憩いたしましょう。」

ユナがそう言ったので慧は羽ペンをペンたてに差しながら

「そうだね。ユナはサフォークとゆっくりビジネランチして。」

「ケイ様・・・・。」ユナは真っ赤に頬を染めると

書類を持って部屋を出ていった。

その間にシャリフとテリオはワゴンから手際よく

皿を並べ、食事の用意をした。

「テリオ、いつもありがとうね。あれ、こちらは?」

慧が立ちあがりながら言うとテリオは

「こちらはシャリフ様、厨房の料理長です。」

と言った。シャリフは慌てて礼をする。

「ああ。ここは正式な場で無いから硬くならないで下さい。

 それよりも、いつも美味しい料理を作ってくださって

 ありがとうございます。」

「いえいえいえいえ・・・。」

シャリフはかなり恐縮しているようだ。

「龍妃様、お座り下さい。」テリオがそう言って椅子をひいてくれたので

慧は椅子に座りいつものように昼食をはじめた。



「ああ、今日も美味しいね。」

慧は満面の笑みを浮かべながらいろいろなおかずを食べている。

「龍妃様はお嫌いなものあるのですか?」

シャリフがおそるおそる聞くと慧はにっこり微笑んで言った。

「基本、何でも戴くよ。肉でも魚でも野菜でも・・・。

 好みが激しい人とかいるのかい?」

「桜龍様などは野菜しかお食べになりませんし、

 貴族様の中には美食家の方々がいらっしゃいます。」

「ふーーん、おかしいね。桜龍って言ってもニコライは肉も魚も食べるよ。」

「えっ。そうなのですか?」

シャリフが驚いたように言った。

「うん・・・ああ、でも銀の龍には私があの話をしたからかな?」

慧が遠くを見て言った。

「龍妃様、その話を聞かせてください。」

テリオが言うと慧は微笑んで頷いた。





あれは、まだ私がナバラーンに来たばかりの事。

『ケイ、今日はご馳走ですよ。』

まだ、言葉が話せなかった慧の前にファルは

1羽の水鳥を差し出した。

冗談みたいな話だけど、私はそれまで肉としての

物体しか見たことがなかったから、まさかその鳥を

捌くなんて考えることもできなかったから

ファルが鳥の毛をむしろうとしている時に

そのまま逃げたんだ。


気がついたら私の周りを心配そうな顔をした動物達が囲んでいた。

「坊や。どうしたんだ?」そう言ったのは

私がナバラーンで一番に友達になったヤギ。

鳥たちも「どうしたの?ケ〜〜。」と聞いてくれる。

私は、そこで動物達にファルが鳥を狩ってきた話をしたんだ。

するとね。動物達は私を否定しなかった。

「ケイ、例えば、明日私がファルに狩られたとする。

 それは、運命なんだ。」

ヤギは静かに話した。

「そんなあ。」私は泣きそうになりながら言った。

「私達は明日はどうなるかわからない。

 明日、ファルじゃないにしても肉食獣に狩られるかもしれないし、

 川に落ちるかもしれない。

 そして、それは私だけに限らないんだよ。」

「それはどういうこと?」

「目の前のこの草だって命だろう。

 そして、こう食べると命が1つ消えたことになるんだ。」

そう言いながらヤギは草を少し食べた。

「じゃあ、救われないの?」

「ケイ、私はこう思うよ。

 もし、私が狩られて食べられるとしたら

 食べられた者の糧となることに誇りを持とう。

 私は食べられた者と時を共にできるのだから。

 もし、この身が朽ち果てるのなら、

 森に生まれ変わることを喜びに思おう。」

その時、近くの鳥が慧の肩にとまりながら言った。

「もし、僕も明日あなたの食卓に並ぶのなら

 全部食べてほしい。そうすると、僕はあなたと生きることが

 できるよ。」

私はその時から決めたんだ。

食卓に並んだものはありがたくいただこう。

それが私の血となり肉となるって。

さすがに動物と友達だから狩ることはしたくないけれど、

誰かが私の為に用意してくれた心、そして

命の灯火を消してしまったけれど

私の血となり肉となって共に生きてくれるものに

最大の敬意を払い感謝しよう。と。



慧がここまで話すと、

シャリフがポロポロと涙をこぼして言った。

「龍妃様、私は今までそんなことを考えて料理をしたことは

 ありませんでした。

 しかし、これからは龍妃様と同じ気持ちをもって料理しようと思います。」

「シャリフ。

 これからは、本当に必要な分だけ食料を仕入れて欲しい。

 今までよりも大変になるかもしれないけれど

 よろしく頼むね。」

「わかりました。」

その日が後にカリスマとまで言われるシャリフの

料理人としての再出発の日になった。







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