慧×理緒×祐 WEB拍手お礼編
  
  
   さようなら北の街
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「随分、久しぶりだな。」

北の空港に1人の男が降りたった。
今年32歳になる男は懐かしそうに新しく建て替わった空港の中を眺めた。

「祐・・・・!」

小柄な女が嬉しそうに近づいて来る。

「母さん・・老けたな。」男は小さくそう呟くとそちらに

向かった。

「祐。たくましくなったわね。」

母は嬉しそうにそう言った。祐は、母の後ろから自分の方を見ている

女の子に向かって優しく頬笑み、母の横に立っている男に向かって

手を差し出した。



「義父さん、ご無沙汰しております。」

「ああ。祐君。すっかり立派になって。」男はそう言いながら

ゆっくり祐と握手をかわした。

「祐、手紙に書いたけれど、これが娘の奈美よ。」

母はそう言って女の子を前に押し出した。

「ああ。写真は見ていたけれど、何歳になったかな?」

「10歳になったの。」女の子が言うと父親が言った。

「こんなところで立ち話もなんだから早く家に戻ろう。

 荷物多いから、車こっちに動かすよ。奈美もおいで。」

そう言って父親と奈美は連れ立って駐車場に向かった。



祐は、母親と一緒にトランクを押して空港の外に向かった。

「母さん、勇(いさむ)は?」

「勇は、昨日から帰って来ないわよ。」

そう言ってため息つく母親の横顔を祐は不思議そうに見つめた。


祐の父親は高校1年の秋、交通事故で亡くなった。

その時、ショックを抱えた祐を力づけてくれたのは

親友の理緒と慧だった。



そして、高校3年の秋に母親は再婚した。

その時義父が連れて来た子が勇であり、当時3歳のかわいい盛りだった。

その後、祐は留学をして、そのまま現地で就職したことになっている。


しかし、実際は中学生の頃、親友の理緒の家で

「強い男になりたい。」と言った一言のせいで理緒の父親の策略で

外人部隊に入隊させられ、

中学校の夏休みを全て訓練で終わらせた。


その経歴を活かし、18歳にその外人部隊に再所属し、

任務をこなしながら大学を卒業、

その後、特殊部隊に所属して、戦績をあげた。


そして、27歳の時に退官し、今は通称「Midnight Sun」という

国家や組織の依頼で組織をつぶしたり、麻薬密売を根絶やしにしたりする組織を

作り、その幹部として働いている。


そんな生活を送っていたから、家族からの手紙は届くまで

半年や1年が軽く経っており、手紙に返事を出せないので

せめてもの罪滅ぼしに毎月仕送りをしていた。


祐は、車窓から14年前とは違う街並みを見つめていた。

3年前に新築したという家に着くと、母親が嬉しそうに

祐の為に作ったという部屋に案内した。

そこには学生時代の祐の部屋そのままに家具が配置されていた。

祐は「捨ててくれて良かったのに・・。」と呟きながら

懐かしそうに自分の勉強机を撫でた。



母親がそんな祐の様子を見てお茶を淹れると階下に降りて行った。

その時、ドサドサという音がしたので

祐はそのまま自室から出た。



すると階段を乱暴にあがる音が聞こえて

目の前に真っ赤な髪にピアスをジャラジャラつけた若い男が現れた。

「あらまぁ。派手なこと・・。」祐がそう言うと

男は目を細めて言った。

「誰だ?」

「この部屋の持ち主らしいぜ。」祐は出てきた部屋を指さして言った。

「ふーーん。どうでも、いいけど俺に構うな!」

男はそう言うと部屋に入っていった。

「あれが勇か・・・。」

祐はそう呟くと階下に降りていった。



階下では、父親と母親と奈美が談笑しながらお茶を飲んでいた。

祐が椅子に座ると母親がお茶を差し出す。

荒れた雰囲気の勇に対して何事もないようなこの家族に

祐は違和感を感じた。



「母さん、俺1週間くらいこっちにいるから。」

祐はお茶を飲みながらそう言った。

「祐、ずっとこっちにいれるんじゃないの?」

「いや、確かにこれからは日本で住むことになるけれど

 こっちには戻らない。東京に住もうと思う。もう部屋も決めた。

 だから、父さんの遺産は全部母さんが使えよ。」

「そう。」

祐の父親が死んだときに多額の保険金が出た。

祐自身、高校は卒業させてもらったがそれ以降は、その保険金に手をつけていない。



目の端でどこかほっとした顔の母親を見て祐は心の中で溜息をついた。




数日後、勇が夜抜け出すところを祐は何気なく声を掛けた。

「よう。勇。良い単車転がしているな。」

勇は祐をぎろっと睨んだ。

「まあまあ、そう睨まないで乗せてくれよ。」

祐はそう言ってしっかりメットを持っている。

勇は黙ってエンジンをかけると身軽に祐は後ろに乗った。



「降りろよ。」勇が声を荒げたが祐は楽しそうに

「しゅっぱーつ!!」と言った。

勇が荒い運転しようが祐は振り落とされることなく平然としている。

しかも、後ろでフンフン鼻歌を歌っている。



勇は、義兄同伴でたまり場に行けるわけもなく

単車を埠頭へと向けた。

埠頭に着くと、祐はにこやかに微笑んだまま降りて、

勇にも降りるように言った。



勇がエンジンを切って降りると

祐が静かに口を開いた。

「本当は、お前が暮らしやすいように家を出たのに間違いだったな。すまない。」

勇は、祐の口から小言がでると思っただけに驚いた顔をした。

「なんで・・・。」

「俺は、ここ数日家族を見ていて違和感を感じたんだ。

 お前、辛かっただろう。あんなに完全に無視されてりゃな。」

祐は小さい子にするみたいに頭をぐしゃぐしゃ撫でた。

その手はとても暖かくて勇の目に涙が零れた。



考えてみると、勇はこのように撫でられたことが無かった。

祐の母親はどこかよそよそしかったし、妹ができてから

勇を1人にすることが多かった。

父親もあまり自分の話は聞いてくれなかった。

小学生の時、周りは夏休みや大型連休にどこかに家族で行くのに

妹ばかり連れて行って自分は家で留守番ばかりだった。



自由になったのは、罪悪感にかられた両親からの

おこづかいの多さだけだった。

ある日、クラスメイトと喧嘩してお互い怪我をおったのに

両親は自分の味方をしてくれなかった。

そして自分が一緒に食卓に座らなくても誰も気にしないことを知った



勇は家族と一緒に食事を取らずに、わけも無く繁華街をふらつく様になった。

それで、顔見知りになった者とつるんで

暴走族に入った。

溜まり場に行くと、孤独では無かったからだ。



この頃になると成績も落ちて、家族も自分の存在を無視するようになった。

「勇、やり直さないか?勇はまだ若い。

 幸い、俺は独身だし、東京で生活することが決まっている。

 だから、あの家を出て一緒に暮らさないか?」

「何で、あんたはそんなこと言うのかよ?

 俺とあんたは・・・。」

「ああ。一滴も血が繋がってないね。

 でも、血は繋がってなくても家族になれる。

 その代わり、次あの家に帰るのはあの人達の葬式になるがそれでいいか?」

「でも、あの人達が許すとは思えない。」

祐はにっこり微笑んで言った。



「大丈夫だ。大人の話は任せなさい。高校行ってないから手続きも無いから大丈夫だな。

 じゃあ、出発は日曜日だからそれまでに用意するんだ。

 友達にはケー番教えるといいだろ?」

「俺・・携帯持ってない。」

「なんだ。便利だぞ。明日買いに行こうな。」

祐は優しくそう言いながら微笑むと勇はコックリ頷いた。



その夜、祐を家に送ってから溜まり場で族を抜けることを言ったらリンチにあったが

勇の心は晴れやかだった。

祐はボロボロな格好で帰って来た勇を

「頑張ったな。」と褒め、応急手当をしてくれた。




次の朝、祐は普通に起き、朝食を食べていた親に話しかけた。

「日曜日、東京に帰ることにした。

 その時勇を連れて行こうと思う。」

「だめよ!」母親は立ちあがりながら言った。

「何がだめなのかな?」祐は笑みを崩さないで言う。

「あの子はこの家の面汚しだわ。家の外に出すなんて。」

「そんな面汚しなのに、どうして今まで放置していたのかな?

 それに高校すら行かせないって普通じゃないな。」

「それは・・・。」



「幸い俺は金は持っているし、独身だから、俺があいつの

 面倒を見る。学費だって出す。」

「祐君・・それは・・・。」

「あいつは大人になりきってないんだ。

 その責任は重いと思うよ。

 だから、あんたがたは3人仲良く生活してください。」

祐はそう言うとにっこりと微笑んで言った。

両親は黙って俯いた。



「じゃあ、俺朝食終わったらホテルにでも移るから。

 ついでに勇も連れて行くからね。」

祐はそう言って立ちあがった。

そして、ドアを開ける前に立ち止まって言った。

「ああ。勇の面倒見るお金はいらないから。」

そう言うと、祐は勇を起こして荷物をまとめらせ

午前中のうちに実家からホテルに移った。

実家から出るとき、誰も2人を見送る者はいなかった。




午後には、携帯ショップで携帯を買ってやり

勇は、数少ない友達に連絡を取った。

友達も勇が昨日リンチに合ったことを気にかけていたが

元気な声を聞いてほっとしたようだ。



その日の夜、祐に連れられて初めての鉄板焼きのお店で

はしゃぐ勇を祐は嬉しそうに見つめていた。

その夜、勇は友達からの電話で目を覚ました。

青白い顔で電話を切った勇に祐は声を掛けた。

「どうしたんだ。」

「友達がヤクザの薬の受け渡しを見ていたのがばれて

 逃げ回っているって。」

「薬か・・。勇、出かけるぞ。下着の上にこれを着れ。」

祐はスーツケースから薄手のベストを勇に渡し、

自分もそのベストを着て、着替えを始めた。

勇もあわてて自分の服をたぐりよせた。



服を着ると祐は2、3箇所に電話をして勇に向かって言った。

「遅かれ、早かれ俺の職業はわかると思う。

 今日は一緒に来て俺と暮らしたくなかったら

 親は説得してやる。」

勇が小さくうなずくと祐はそのままコートを着て

部屋を出た。



ホテルの前には祐が言ったように白いバンが停まっていた。

祐が近づくと後部座席の扉が開いた。

祐と勇が乗ると車は静かに動いた。

「良いのですか?」車を運転していた男は勇を見て言った。

「こいつは弟だ、こいつのダチが取引をみていたらしい。

 あいつらより早くそのガキをおさえる。

 それにはこいつは役にたつだろう。」

「ああ。そういうことですか?じゃあ、旦那とは・・・。」

「俺はその追っかけている奴を倒した後、任務に入る。

 単車積んでいるな。」

「ええ。」

その車には絶えずどこからか無線が入る。

「どうやらお友達は北埠頭の方に追い詰められていますね。

 急ぎますよ。」

運転した男は急にハンドルを切って北埠頭に向かう。



勇の目の前には黒い車が友達の単車を追っているのが見える。

「なんだ。車は1台か。軽く並んでくれ。車を停める。」

そう言いながら、祐は上着の中に手を突っ込むと銃を取り出して、

窓を数センチ開けるとそこから車の車輪を狙ってトリガーを引く。

シュンっとくぐもった音と同時に車は火花を出して停まった。

「勇。友達に声を掛けて、とまらせろ。」

祐はそう言い放つとまだとまっていない車から飛び降りて

黒い車の方へ走って行った。

車の運転手はそのまま勇の友達の単車の方へ向かう。



「ケン。リュウ。止まれ!」

勇の声に気がついたのか友達は単車を止まらせる。

勇は安心しながら後ろの車を見るとその車の方から祐が歩いてきた。

車の傍には男達が重なっている。



祐が近寄ると、勇は傍に行って「大丈夫かよ。」と言った。

「ああ。大丈夫だ。じゃあ、友達の単車をバンに積んで送ってもらえ。」

祐はそう言って、勇の頭をぐしゃぐしゃ撫でるとバンの後ろから単車を出して

それに乗り、あっという間に走り去った。




「今日の事は絶対内密にしてくださいね。

 もし、しなければ、逮捕しちゃうよ。」

そう言いながら運転していた男は警察手帳を見せた。

勇も含めて友達もコクコク頷いたのを見て男はバンを発車させ、

友達の家に送って行った。



友達達は神妙な顔で勇にお礼を言って別れた。

その時、無線から「任務完了。埠頭から新道に抜けるところにいる。」

と言う声が聞こえた。

「了解。」男は、バンのスピードをあげ、すぐに指定されたところへ来ると

バイクが車の横っ腹に突っ込んで大破していた。

車の横には男達が重なって、トランクは大きく開けられている。

祐はその横でどこかに電話をしていた。



バンを止めると運転していた男は外に出て

「派手にやったなあ。」と呟いた。

「まあ、証拠は押えたから良いだろう?」

「ああ、お疲れさん。」

祐は軽く手をあげると、勇と一緒にしばらく歩いてタクシーを

つかまえてホテルに戻った。



ホテルに戻ると、祐はシャワーを浴び

椅子に座っている勇の前にジュースを置き、

自分はコーヒーを淹れて飲みながら言った。

「何か、聞くことは?」

「仕事・・って警察?」

「いや。詳しくは言えないが俺は警察の依頼で動く何でも屋だ。

 今日は、事故に見せかけてヤクを取り押さえる手伝いだった。

 かっこいい言葉で言えば私設軍隊の幹部という所かな?」

勇は日常とあまりにもかけ離れた話に絶句した。

「俺は、こんな仕事をしているから結婚はしない。

 家族は作らないと思っていたんだ。

 まあ、俺が亡くなったら財産だけは残るか。」



「そんなこと、言うなよ。」

「いや。俺の仕事は明日何があってもおかしくないんだ。

 でも、心配するな。

 金なら、勇が遊んで暮らせるくらいある・・・。」

「何言ってんだ。

 俺は・・・あんたが金を持っているから一緒に来たんじゃない。

 あんたの手が暖かかったから、あんたは俺を撫でてくれたから。」

勇はボロボロ泣きながら言った。




「勇・・・。」

「俺、あんたのこと待っているよ。

 家を暖かくして、だから、いつも戻ってきてくれ。

 俺を1人にするなよ。」

勇はそう言って、祐に抱きついた。

その言葉は誰かに言って欲しかった言葉だったのかもしれない。

祐の頬にも涙がつたった。





次の日の昼、タクシーから空港に降りた2人は

チェックインする為にカウンターに向かった。


「勇・・・。」

振り返ると父親の姿があった。

祐は、そっと勇の背中を押すと勇は父親の顔を見つめた。

「父さん、どこで間違ったんだろうな。

 正直、祐君の言葉はこたえたよ。

 勇、ごめんな。」

父親はそう言って、ポケットから通帳を取り出すと

印鑑を添えて祐に渡した。



「これは、勇の母親が残した保険金です。

 これから、この子の為に使ってください。

 この子をどうかよろしくお願いいたします。」

そう言うと父親は頭を深々と下げた。

「わかりました。お預かりします。

 俺たちがたぶん、こちらに帰ることは無いと思います。

 でも、東京に来た時は是非ご一報ください。

 父さん、御元気で・・・。」



祐はそう言って、自分の名刺を義父に渡した。

勇は、父親に礼をするとそのまま祐と手をつないで言った。

「俺・・幸せになるから。」

祐と繋いだ手は冷たくてブルブル震えていた。

チェックインを済ませて、搭乗待合室に座った勇は震えた声で祐に言った。

「父さん、来てくれた。」

祐は「良かったな。」と言いながら勇の頭を撫でた。



勇は、初めて乗った飛行機の窓からじっと自分の生まれ育った街を眺めた。

さっきから祐は勇の手を握ってくれている。

大きく暖かな手・・・。

勇はその手に守られているという安心の中に幸せの溜息をついた。

小さく冷たい手・・・。

祐はその手をこれから自分の全てをかけて守ろうと決意をした。

2人の想いが交わるまで後少し・・・








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