慧×理緒×祐 WEB拍手お礼編
  
  
   春の思い出
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あれは僕らが高校生で、

甘えられる家族がいて

大切な友達があたりまえに傍にいた頃の春の1日。



春うらら、異国情緒がある北の街の海沿いの道を2人の若い男が歩いていた。

2人とも高校生にしては長身でがっちりした体をしている。

1人は、斎藤理緒、日焼けした精悍な顔立ちである。

もう1人は、理緒の友達の田中祐、こちらも引き締まった体をしている。

この2人、小学校以来の友人で、理緒の父親の策略?のせいで

只の幼馴染以上の絆がある。


「祐、少し急がなきゃいけないようだな。」

「ああ。慧のピアノのコンサートは11時からだからな、

 やっぱり歩いて来ると時間がかかるな。

 バスか電車使っても良かったな。」

今日は、高校からの友達、結城慧がピアノのコンサートに

出ると聞いて朝から3時間くらい歩いて会場に向っているのだ。

ちなみにこの2人にとって、3時間歩くと言うのは普通の事であり、

通常であると、軽く走っているという状態なのだが、息も切らしていない。



「そうだな。走るぞ。祐。」

「あいよ。」

2人は、顔を合わせて頷くとすごいスピードで走り始めた。

北の街特有の、長い坂道もこの2人には関係ないらしい。

坂道を越え、公園の向こうの西洋風の建物の前で2人は息をついた。



建物の前には結城慧が2人を待っていた。

結城慧は、少しおっとりしていて線が細い。

影では結構人気があるが、本人は気がついていないようである。

趣味はピアノを弾くことで、昼休みや放課後にはよくピアノのある教室で

弾いている。コンクールでも良い成績を修めている様だ。


そんな慧と理緒との出会いは理緒の母親が始めたピアノレッスンを、

2回で投げ出して、理緒に押し付けた。

理緒はピアノのレッスンが厳しいので昼休みいつもピアノを奏でている

慧にピアノを教えてほしいと頼んだ。

慧の丁寧な指導の賜物か、理緒はぐんぐんピアノの腕前があがった。

偶然に慧の同居している伯母が理緒のピアノの先生なので、

色々と話をしているうちに打ち解け合い、祐もその輪に加わった。

ちなみにピアノに興味がない祐は、昼休みは屋上で寝ている。


「祐、理緒、来てくれてありがとう。あっ。理緒にお願いがあるんだよ。」

「お願い?」

「うん。今日の出演者で急にキャンセルになった人が数組もでてね。

 このままじゃ、せっかく来てくれた人に申し訳ないって伯母さんが困っているんだ。

 それで、理緒が来るって言ったら、理緒に弾いて欲しいって伯母さんも言うんだよ。」


「結城先生が出ても良いって言うなら良いけれど・・。

 弾ける曲限られているぜ。

 それにさすがにTシャツ・ジーンズはまずいだろ?」理緒も困惑したように言う。

「ああ。大丈夫。

 伯母さん、楽譜持って待機しているし、

 衣装は、ここの会場にあるから。祐も着てみる?」慧はにっこり笑って

会場の入り口に入っていった。

「ハイカラ・・衣装館・・・こんなのあったんだ。」

理緒がぽつりと言うと祐は隣でブンブン首を振っていた。




「斎藤君。助かったわ。着替えたら軽く打ち合わせしましょ。」

衣装館の中から、慧の伯母さんが顔を出して理緒を引き入れた。

「あいつ・・大丈夫か?」祐がポツリと言うと慧はニコニコ微笑んで言った。

「大丈夫だよ。理緒だもの。祐は理緒のピアノ聞いたことない?」

「ああ。無いな。大体、学校でピアノの演奏と言えば慧だろ?」

「理緒もなかなかなものだよ。祐は客席で待っていて。

 ここにいると、祐もフロックコート着せられるよ。」

祐は、コクコク頷くとそそくさと会場へとの階段をのぼって行った。




祐が並べられた椅子の1つに座ると、コンサートが始められた。

まず司会者がプログラムの変更を告げ、壇上に慧があがった。

「白いタキシードかよ。慧にしか似合わないだろうな。」

祐が小声で呟くと、慧が演奏を始めた。

慧の人柄が表れるのか、慧の演奏は繊細で優しい。

まるで、春の風が通り過ぎていくような演奏だ。

慧は2曲を弾いてお辞儀をして壇上を降りた。


しばらくすると、祐の隣にシャツとジーンズに着替えた慧が座った。

「理緒は?」小声で祐が言うと慧が

「もう少しで出てくるよ。かっこ良くて驚くなよ。」

と言った。

少しすると理緒の名前が呼ばれ理緒が出てきた。



「無駄にかっこいいじゃん。」祐がそう呟いた。

長身の理緒にフロックコートがとても似合い、

優雅なお辞儀は、貴公子のようで、会場にいた女の人は

目をキラキラさせて溜息をつく。

さきほどの慧が王子様という感じだったら、

理緒は砂漠のシークのような野性味ある感じである。

理緒はピアノの前に座ると曲を弾き始めた。



慧の優しい演奏に対し、理緒の演奏は猛々しく男っぽい。

「やっぱり、理緒だよな。」

祐は何でも出来る親友を見つめてそう呟いた。




コンサートが終わり、理緒も着替えて慧と祐のところに来た。

すると、慧の伯母が近寄って来て、5千円札を慧に握らせて言った。

「本当に今日は助かったわ。慧、これで斎藤君と田中君とお昼でも食べて

 遊んで来ていいわよ。」

「ありがとう。伯母さん。」

「ゴチになります。」

「先生、ごちそうさま。」

3人は、口々にお礼を言うと会場を後にした。



「何食べようか?」慧がそう言うと、理緒と祐が口を揃えて言った。

「「ハンバーガー」」

「ハンバーガー?」慧がそう言うと、祐が笑いながら言った。

「俺のような大食いでも財布に優しくて美味しいハンバーガーがあるんだ。」

理緒と祐に案内されて慧は派手なピエロが笑っている店内に足を踏み入れた。

「うそだろ・・店の椅子がブランコ?」

慧がそう言うと、理緒が

「ほら、先にオーダーするぞ。慧、まずはこの人気ナンバー1のバーガーにしないか?

 俺はエッグバーガー。」

「俺・・カレー。」祐がそう言う。既にハンバーガーでないあたりが祐らしい。

「うん。じゃあ、ジンジャエールもつけて、理緒頼んで。」

慧がそう言って財布を出すと、理緒が店員さんに注文してくれた。

3人はブランコの席ではない普通の席について学校の話をしていると


店員さんが熱々のバーガーとカレーを持ってきてくれた。

慧はハンバーガーにかぶりつくと甘じょっぱい鶏の唐揚げが口に広がる。

「おいしい。」慧が嬉しそうに言うと祐が「そうだべ。」と言いながら

カレーを食べた。

「慧、こっちもちょっと食べてみろよ。」理緒はそう言いながら

慧にエッグバーガーを差し出すと、慧はそれを貰って一口頬張った。

「うわぁ。理緒。これ美味しいよ。」

「ああ。うまいだろ?」理緒はそう言って微笑みながら慧の頭を撫でた。

「お前ら、恋人みたいな雰囲気だぞ。」祐がそう言ってからかうと

慧は頬を染めて、理緒は祐の頭をコツンと殴った。



店を出た3人は、そのままヨットハーバーの方へ歩いていった。

ここのヨットハーバーには、理緒の親のヨットがあるので見に来たのだった。

3人がヨットの方へ近づくと、「よぉ!」と理緒の父義哉がヨットから顔を出した。

「「げっ。」」と言う、理緒と祐の横で慧が丁寧に「こんにちは。」と挨拶した。

「ああ。ちょっと乗って行かないか?」義哉はそう言いながらにやっと笑った。




「うわぁ。綺麗。」慧はヨットに乗りながら嬉しそうに言った。

陸上で見ているいつもの風景が海から見ると本当に特別に思える。

「まあ、初めは良いんだけどな。」祐がそう言いながら遠くを見て溜息をついた。

「どうしたの?」慧が聞くと理緒が遠くを見ながら言った。

「外人部隊に入れられた時、帰りに親父このヨットで迎えに来たんだ。

 それで、俺達はこのヨットでここまで帰ってきたわけ。

 あの時は、夏休みどころかここに帰って来たら秋だったよな。」

理緒も遠い目をして言った。



「なんだか、大変だったね。」慧は空笑いをしながらそう言った。

そうは言っても、きびきびと動く理緒と祐はすごくかっこよくて、

男っぽいなと慧は思った。




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「それからだったんだよな。せめて言葉づかいだけでも

 男っぽくなりたくて一人称を俺にしたのは・・・。」

慧は、昼にサイシュンにリクエストして作ってもらった

甘じょっぱい唐揚げをはさめたパンを食べながらそう言った。

「わからないものですね。そして、今一番使われている一人称は

 私ですか・・・。」

ファルが一緒にそのパンを頬張りながら言った。

「リューゼの話だと理緒も別の世界に行ったんだって

 だから、最近思い出すんだよね。

 すっかり忘れていたけれど、そんな良い奴と友達だったって。

 そして祐は、高校卒業と同時に海外に留学したんだ。

 今思うと、あいつは理緒のこと忘れていなかったかもな。」

慧はそう言いながらパンをたいらげた。

「皆、幸せだったらいいなあ。」

慧はそう言って真っ青なナバラーンの空を見あげた。



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「そうだ。どうせ、戻れないなら、俺は世界樹に願おう。

 どうか、元の世界の者は俺の存在を忘れることを

 全て、俺のいなかった時のように物事が運ぶように。

 そして、父さん、母さん、祐、慧、部隊の皆、

 俺に関わった全ての人が幸せになれますように。

 俺は願おう。」

世界樹の下で理緒はそう願った。

その願いは異世界を越えた。


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「ユウ、書類ここに置くぞ。」

「サンキュ。アレックス。」

長身の日焼けした男が振り向いた。

「あまり根をつめるなよ。」

「ああ。演習の方はどうだ。」

「ユウの作るメニューはすごいな。完璧だよ。

 それでは、午後のミーティングで。」

アレックスはそう言って部屋を後にした。

祐は、自分の席に座ると机の引き出しから

写真を出した。それは、高1の文化祭の時に

理緒と慧と3人で撮った写真だった。

「理緒・・慧・・お前らどこ行ったんだよ。

 勝手な奴らだな。」


思い出すのは、たわいのない事ばかり。

高校2年の初夏に急にいなくなった親友の理緒。

そして、大学になってから急に消息を絶った慧。

この2人に共通していること。それは周りの人が

2人の存在すら忘れたことだ。

そう・・まるで2人がいなかったように。


田中祐は、2人を探す為にある裏組織に所属している。

もう年も経て、この前30歳になった。

「理緒、慧、俺は忘れないからな。」

祐は、そう呟くと大事そうにその写真を引き出しにしまった。

祐に幸せが訪れるまで後少し・・・。





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